腕を買われて独立した1年目。初めて「請負で見積を出して」と言われ、日当×日数で出したら手元にお金が残らない——。日当(労務費)に経費と利益を乗せる「請負の見積」への頭の切り替え方を、必要日額の逆算手順と架空の計算例つきで解説します。
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「お前の腕なら大丈夫だ、独立してやってみろ」。そう背中を押されて、職人から一人親方になった1年目。常用(手間請け)で入っていたころは、日当いくら×何日、で頭の中がだいたい読めていました。ところが、初めて「これ、請負でやってくれない? 見積出して」と言われた瞬間、ペンが止まる——。
とりあえず日当2万円×5日で10万円、と出してはみたものの、いざ現場が終わってみると、材料の端数、搬入の手間、雨で飛んだ1日、それに保険や税金の分——どれも、その10万円のどこからも出てきません。「あんなに働いたのに、なんでお金が残らないんだ」。かといって、いくら乗せていいのかも分からず、"高い"と言われるのが怖くて、つい安めに出してしまう。
独立したばかりの職人さんが、ほぼ全員つまずくのがここです。これは、あなたの腕やがんばりの問題ではありません。「日当いくら」という常用時代の感覚のまま請負の見積を作ると、構造的にお金が残らないだけなのです。この記事では、その"頭の切り替え"を、自分の必要な日額を逆算する手順と、架空の計算例を1本通しながら、先輩社長が横についているつもりでお伝えします。(これから出てくる金額は、すべて説明のための架空の例です。あなたの数字を当てはめながら読んでください)
先に結論を言うと、請負の見積は、ざっくり5つの費目を積み上げてつくります——材料費+労務費+外注費+諸経費+利益、の5つです。このうち「日当×日数」で表せるのは、真ん中の労務費の一部だけ。残りの経費と利益が、まるごと抜け落ちている。これが、日当感覚のまま見積を出すとお金が残らない、いちばんの理由です。
まずは、常用と請負の違いを整理しておきます。この気持ちの切り替えが、この記事のテーマです。
同じ「1日」でも、常用の日当と、請負の中に入る労務費は、意味がまるで違います。常用の日当は"給料"、請負の労務費は"売値の一部"。ここを切り替えるのが第一歩です(常用と請負の線引き、偽装請負にならないための注意点は常用と請負の違いで詳しくまとめています)。

なぜ日当のままだと残らないのか。抜けを3つに分けて見てみます。
現場で手を動かした日にしか、日当は発生しません。でも実際には、雨で流れる日、段取りや材料の手配、現地調査、そして見積書づくりや請求・帳簿つけといった事務——こうした"直接お金にならない日"が、どうしても出てきます。常用のときは、それでも呼ばれた日には日当が出ました。独立後は、これらの日は基本タダ働きです。だから、稼げる日の単価で、稼げない日の分まで賄わなければいけません。
勤めていたころ、会社が黙って払ってくれていたものは、想像以上に多いものです——社会保険や年金の会社負担分、道具や消耗品、車両とその保険、ガソリン、駐車場。独立すると、これが全部自分持ちになります。
とくに見落としがちなのが労災です。会社員のときは会社の労災に自動で入っていましたが、一人親方は労働者ではないため、原則として労災保険の対象外。自分で「特別加入」の手続きをしておかないと、現場でケガをしても労災がおりません(出典:厚生労働省「特別加入制度のしおり(一人親方その他の自営業者用)」)。こうした保険や道具のお金は、給料ではなく"事業のコスト"として、日額に織り込んでおく必要があります(一人親方が経費にできるもの、一人親方と個人事業主の違い(保険の加入)もあわせてどうぞ)。
生活費の分だけを乗せて「トントン」で見積を出すと、利益がゼロになります。すると、値引きを求められても削る余地がない、道具が壊れても買い替えられない、閑散期や病気に備える蓄えもできない——。利益は"欲張り"ではなく、商売を続けるための必要経費だと考えてください。ここでいう利益とは、生活費とは別に、会社(あなたの事業)に残しておくお金のことです。
では、日当感覚を抜けて、自分はいくらで売ればいいのか。おすすめは、"世間の相場"から決めるのではなく、"自分に必要な金額"から逆算する方法です。これなら、あなたの暮らしと商売に合った日額が出ます。手順を、架空の例で1本通してみます(金額はすべて作り話です。あなたの数字に置き換えてください)。
合計 = 560万円。これが「1年で、自分の手間から生み出さないといけない金額」です。
(税金・社会保険の中身は状況で変わります。ここでは概算で置き、深追いはしません。仕組みは一人親方が支払う税金や一人親方の確定申告へ。実額は税理士・年金事務所・お近くの労働局に確認してください)
実働日数は、人によって大きく変わります。「365日 − 休み − 直接稼げない日」で、自分の現実に合わせて置いてみてください。
これが、この架空の例での「必要日額」——請負の労務費に入れるべき、自分の手間の単価です。

注目してほしいのは、最初に何となく出した「日当2万円」より、必要日額のほうが高くなったことです。あの2万円は"手取り感覚"の日当で、経費も税金も予備も入っていませんでした。きちんと逆算すると、同じ「1日」でも織り込むべき金額はもっと大きい、と分かります。
ひとつ大事な注意を。この24,300円は、あくまで架空の家計で出した一例であって、「一人親方の適正な日額は24,300円」という相場の話ではありません(地域・職種・暮らし方で大きく変わります)。あなたの生活費・経費・実働日数を入れれば、あなた自身の必要日額が出ます。公的な労務単価の水準を参考に眺めたいときは、職種別にまとまった公共工事設計労務単価の早見表もあります(ただしこれは公共工事の積算に使う単価で、そのまま民間の請負単価になるわけではない点には注意してください)。
必要日額が出たら、それを請負見積に組み込みます。請負見積は、次の5つの費目に分けて積むのが基本です。
「諸経費って、お客さんに何て説明すればいいの?」とよく聞かれます。「現場の運搬やゴミ処分、駐車場代など、工事に必要だけれど、材料や手間に直接ひもづかない費用です」と答えれば十分です。中身の目安や割合の考え方は、現場管理費とはが参考になります。
もうひとつ、法定福利費について。建設業では近年、社会保険料の会社負担分(法定福利費)を、見積の内訳としてはっきり示す流れが業界全体で進められています(出典:国土交通省「法定福利費を内訳明示した見積書の作成手順」)。とくに元請けに出す見積では、法定福利費をひとつの項目として明示するよう求められる場面が増えています。さらに、労務費そのものの適正化に向けた「標準労務費」の動きもあります(現在地は標準労務費で見積もりはどう変わるへ)。

費目の中身が分かったら、次は見積書の"形"です。最低限、次の項目がそろっていれば、請負の見積書として通用します。
独立1年目は、常用の応援仕事と、請負仕事が入り混じる時期でもあります。このとき大事なのが、書き方を分けること。常用は「◯人工 × 単価」で人工を売る形、請負は上の内訳明細で成果を売る形です。これを混同して、請負なのに人工だけで出したり、常用なのに一式でまとめたりすると、あとで「これは手間だけのはず」「いや材料込みのはず」と揉めます(常用の人工の書き方は、一人親方の請求書の書き方も参考に)。
見積書のフォーマットをゼロから作るのは大変なので、雛形から始めるのが早道です。項目のそろった見積書テンプレート(無料・登録不要)を下敷きにすれば、抜け漏れなく作れます。1枚の記入例で全体像をつかみたいときは、見積書の書き方(記入例)もどうぞ。
請負を始めると、いずれ来るのがこの一言です。ここで安易に「じゃあ1万円引きます」とやってしまうと、さきほど薄く乗せた利益が、真っ先に消えます。
内訳のある見積の強みは、ここで効いてきます。項目が見えていれば、"どこを削るか"をお客さまと一緒に決められるのです——塗料のグレードを一段落とす、今回は傷んだ面だけにする、時期を閑散期にずらして段取りの負担を抑える。「全体をなんとなく値切る」のではなく「仕様を調整して金額を合わせる」形にできます。これは、根拠なく端数をカットするのとは、まったく違う値引きです(値引きをどう見積書に表すかは出精値引きとはで整理しています)。
もうひとつ、1年目だからこそ知っておいてほしいことがあります。怖くて安く請けると、その単価が"あなたの値段"として、相手に記憶されてしまう、ということです。「あの人は、あの金額でやってくれる」という評判は、翌年以降の単価をずっと縛ります。最初の値づけは、目先の1件だけでなく、来年の自分の首も左右する——そう考えると、逆算した必要日額を守る意味が見えてきます。
最後に、1年目の今から始めてほしい習慣を2つだけ。難しい帳簿ではありません。
記録① 案件ごとに「実際にかかった材料費」をメモする。 見積で見た材料費と、実際に買った額の差。これが分かると、次の見積で「この工事は、いつも材料が◯割増える」と補正できるようになります。
記録② 案件ごとに「実際にかかった人工」をメモする。 見積で見た人工と、実際にかかった人工の差。「見積は3人工、実際は4人工かかった」が積み重なると、自分の見積のクセ(甘くなりがちなところ)が見えてきます。この2つの差こそ、2年目の見積の精度を上げる、いちばんの教材です。
そして、独立まわりのお金は、見積だけで完結しません。請求と入金の管理、経費の整理、確定申告——このあたりは、順番に整えていけば大丈夫です。まずは請求書から。インボイスで免税か課税かによって、元請けとの単価の話が変わることもあります(深入りはせず、まずは一人親方のインボイス経過措置で全体像をつかんでおくと安心です)。
要点を3つに絞ります。
独立1年目は、自分の腕を「金額」に翻訳する練習の年です。最初はぎこちなくて当たり前。まずは直近の1件を、5つの費目に分けて組み直してみてください。日当のままでは見えなかった"抜け"が、きっと1つ2つ見つかるはずです。
(税金・保険・労災の具体的な扱いは、税理士・年金事務所・お近くの労働局にも相談してください)