月末の通帳で一喜一憂する塗装店の社長へ。工事の採算が見えないのは、塗料費・足場代・人件費という3つのコストを混ぜて見ているからです。缶数拾いや足場代の値引き、手間の読み違いの防ぎ方から、自社の固定費で適正粗利を逆算する手順まで、案件ごとに数字で掴む方法を解説します。
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月末、通帳の残高を見て「今月は残った」「今月は残らなかった」と一喜一憂する。塗装店の社長さんなら、覚えのある光景ではないでしょうか。仕事は途切れずに入っているし、腕にも自信がある。それでも、1件ずつの工事で儲かったのか損したのかと聞かれると、はっきりとは答えられない。塗料をワンランク上げた現場、足場を外注に出した現場、下地が思ったより荒れていて手間が1.5倍かかった現場——どれが利益を削ったのかが特定できないまま、次の見積もまた勘で出している。
この「どんぶり勘定から抜けたいのに抜けられない」の正体は、多くの場合、塗装工事の原価が3つの大きなコストで動いているのに、その3つを混ぜて見ていることにあります。この記事では、塗装の原価を「塗料費・足場代・人件費」の3本柱に分けて掴み、そこから自社の適正粗利を設計するところまでを、順を追ってお伝えします。むずかしい会計用語は抜きにして、明日の見積から使える形にまとめました。(※これから出てくる金額・数量は、すべて説明のための架空の例です)
なお、原価管理そのものの意味や原価率の改善手順といった基本は、既存の塗装業の原価管理とはにまとめています。この記事はその一歩先——塗装ならではの3つのコストを、どうやって数字に落として粗利を守るかに絞ってお話しします。
先に結論からお伝えします。塗装工事の採算を見えるようにする一番の近道は、原価を「塗料費」「足場代」「人件費」の3つに分けて、案件ごとに掴むことです。この3つを押さえれば、塗装のどんぶり勘定はほぼ抜けられます。
なぜこの3つなのか。塗装工事は、材料が主役の設備工事とも、手間が主役の内装工事とも違って、性格の異なるコストが3つ並んで乗っている珍しい仕事だからです。缶で買う塗料、他社から借りることも多い足場、そして下地の状態しだいで大きく揺れる手間。このどれかが狂うと粗利が沈むのに、月末にまとめて締めてしまうと、どれが原因だったのかが混ざって見えなくなります。
塗装工事1件の原価を、ざっくり分解すると次のような形になります。

図のとおり、塗装の原価は「塗料費(塗料・シーラー・副資材)」「足場代(外注または自社仮設)」「人件費(自社職人+応援の手間)」の3大コストに、「その他(養生材・高圧洗浄・廃材処分・交通費など)」が加わってできています。売上からこれらを引いた残りが粗利です。まずはこの地図を頭に入れてください。ここから先の話は、全部この地図の上で進みます。工事原価の一般的な分け方をおさらいしたい方は、建設業の原価管理とはや工事原価の内訳もあわせてどうぞ。
そして、この3大コストは「狂い方」がそれぞれ違います。塗料費は缶数の拾い方でズレ、足場代は外注か自社かで構造が変わり、人件費は手間の読み違いでブレる。だから章を分けて、1つずつ守り方を見ていきます。
塗料は「㎡いくら」で仕入れるわけではありません。缶(荷姿)で買います。ここに、塗装ならではの原価のズレが生まれます。
見積のときは、施工面積から必要な缶数を逆算する「缶数拾い」をします。手順はこうです。まず、下塗り・中塗り・上塗りそれぞれの施工面積を拾う。次に、メーカーの仕様書(カタログやSDS)に載っている「規定の塗布量」と「塗り回数」を掛けて、必要な塗料の量を出す。それを1缶の荷姿で割って、缶数に直す。塗料の缶は途中で止められないので、端数は缶単位で切り上げる。最後に、飛散・希釈・使い切れずに残る分の「ロス」を見込む——。この一連の拾いが甘いと、単価は合っていても缶数で足が出ます。
ここで一つ、大事なことをお伝えしておきます。缶数を減らせば、たしかに材料費は下がります。けれど、メーカーが定める規定塗布量を割って薄く塗るのは、原価を削る場所ではありません。塗膜が規定の厚みに達しないと、期待した耐久性が出ず、早期の劣化や不具合につながります。メーカーの保証条件から外れてしまうこともあります。塗料は「適正に、規定どおり使い切る」のが前提です。削るべきなのは、薄塗りではなく、養生や段取りのムダから出る「ロス」のほうなんですね。だからこそ、缶数拾いは正直に、ロスは実績から見込む。これが塗料費を守る基本姿勢です。
もう一つ、塗料費で粗利が抜けやすいのが「グレード提案」の場面です。施主に「せっかくなら長持ちする塗料にしませんか」とフッ素や無機などの上位グレードを勧める。良い提案です。ただ、そのとき原価を普及品のつもりで見積もったままだと、良い塗料を勧めるほど粗利が薄くなる、という逆転が起きます。上位塗料は性能が高いぶん、缶あたりの単価も上がります。グレードを上げるなら、その原価差をきちんと見積の材料費に反映する。「良い仕事をしたのに残らない」を防ぐ、地味だけれど効くポイントです。塗料ごとの性格の違いは、塗料の種類とはが参考になります。
3大コストの2つ目は足場代です。ここは「外注か、自社持ちか」で原価の見え方がまるで変わります。
足場を外注する場合、かかった金額がそのまま原価になります。足場屋さんからの請求書が、そのまま足場の原価。ここはごまかしが効きません。逆にいえば、見積のときに足場の外注見積をきちんと取っておけば、原価が確定しやすい費目でもあります。読みやすいぶん、拾い忘れさえしなければ怖くありません。
やっかいなのは、足場を自社で持っている場合です。仮設材が自社にあると、つい「足場はタダ」と感じてしまう。でも実際には、仮設材の傷みや入れ替え(減価償却)、現場までの運搬、組み立てと解体にかかる人工と、しっかりコストがかかっています。自社持ちの足場ほど、この隠れたコストを原価として案分して乗せないと、「安く受けられるはず」と錯覚して、気づけば足場のぶんだけ粗利を持ち出している、ということになりかねません。
もう一つ、塗装の見積でありがちなのが「足場代、サービスしときますよ」という値引きです。相見積で競り合うと、つい口に出したくなりますよね。でも、この足場代は、値引きの原資として一番ねらわれやすく、そして一番危ない費目です。
なぜか。外注足場を「サービス」すると、足場屋さんへの支払いはそのまま出ていくのに、その分を売上からもらえません。つまり、値引いた足場代がまるごと自社の持ち出しになります。しかも、足場を値引いても現場でやる作業量は1ミリも減りません。手間は同じだけかかるのに、粗利だけがきれいに消える。「10万円分の足場をサービス」は、多くの場合「粗利を10万円差し出す」のと同じことなんです。値引きで勝負したくなったときこそ、足場ではなく、どこを削れば施主の満足を落とさずに済むかを冷静に見たいところです。
3大コストの最後は人件費、つまり手間です。塗装は、下地の状態しだいで手間が大きく揺れる仕事なので、ここが粗利ブレの最大の震源地になります。
まず押さえたいのは、職人さん1人を1日動かすのにかかるお金は、日当だけではない、ということです。日当(給料)に加えて、社会保険料の会社負担分(法定福利費)、刷毛やローラー・マスカーなどの道具・消耗品、車両とガソリン、現場までの移動時間。これらを全部乗せた「実際の1人日あたりコスト」を、自社の数字で一度つくっておくのがおすすめです。
この「本当のコスト」を基準にすると、見積のときに「この現場は延べ何人工だから、手間の原価はいくら」と根拠を持って積めるようになります。ちなみに、社会保険の会社負担分をきちんと見積に見込む考え方は、国も後押ししていて、法定福利費を内訳として明示する見積書の様式が業界団体から公開されています(会社負担の料率は改定されるので、最新の率は毎回確認してください)。「手間には社会保険料まで乗っている」と意識するだけで、人件費の原価は一段しっかりします。
そのうえで、いちばん効くのが「見積のときに見込んだ人工」と「実際にかかった人工」を、現場ごとに突き合わせることです。塗装の粗利がブレる最大の要因は、材料でも足場でもなく、この手間の読み違いだからです。
たとえば、下地が想定より傷んでいてケレンや素地調整に時間を取られた、天候待ちで段取りが崩れた、付帯部の塗り分けが細かくて手が止まった——こうした「予定より人工が伸びた」現場を、原因を一言そえて記録しておく。「下地」「天候」「付帯部」。このメモが積み重なると、「築年数の古い物件は下地に人工を厚く見る」「この時期は天候ロスを見込む」といった自社のクセが見えてきて、次の見積が賢くなります。下地の手間を左右するケレンについては、ケレンとはで工程の中身を整理しています。手間の読みは、下地をどう見るかとセットなんですね。
なお、応援や常用を外注費として扱うか給与として扱うかは、働き方の実態によって税務上の判断が分かれます。区分に迷うときは、自己判断せず顧問税理士に相談してください。
3大コストを掴めるようになると、次に出てくるのが「で、うちはいくら粗利を乗せればいいの?」という問いです。ここで、ネットで見かける「塗装業の適正粗利率は◯%」といった数字を、そのまま自社に当てはめないでください。その率が、どんな規模・どんな受け方の会社の平均なのかは分かりませんし、元請直か下請か、材工か手間中心かで、あるべき粗利はまったく変わるからです。
おすすめは、他社の率を暗記することではなく、自社の固定費から必要な粗利を逆算する考え方を持つことです。手順は3ステップ。順に見ていきます。

まず、会社の月間の固定費を出します。ここでいう固定費は、工事が多い月も少ない月もほぼ一定で出ていくお金——社長や事務の人件費、地代家賃、車両のリース、保険、借入の返済などです。ここに、会社として残したい利益を乗せると、「1か月に稼がなければならない粗利の額」が出ます。架空の例でやってみます(金額はすべて作り話です)。
次に、この180万円を、月にこなせる工事の件数で割ります。仮に、この会社が塗装工事を月に平均6件こなすとしましょう。
最後に、これを1件あたりの平均売上と比べて、率に直します。1件の平均売上を100万円とすると——
ここで大事なのは、この「30%」は業界の相場でも他社の平均でもなく、この会社の固定費と件数から出てきた、この会社だけの数字だということです。固定費が重い会社、件数を多くこなせる会社では、同じ計算をしても別の率が出ます。だから「適正粗利率は◯%」を暗記しても意味がなく、自社の数字で率を"出せる"ことに価値がある。この逆算ができると、「この現場は粗利25万円か。うちの必要ラインは30万円だから、少し攻めた見積だな」と、1件ごとの判断に自分の基準を持てるようになります。受注前に工事ごとの原価目標を組む実行予算の考え方とセットにすると、なお効きます。
業種平均の粗利率・利益率そのものは、中小企業庁の中小企業実態基本調査などで公表されていて、「自社は世間と比べて高いのか低いのか」の目安として眺める価値はあります。ただ、その平均を自社の値決めの根拠にはしない。目安として見て、値決めは自社の逆算で——この使い分けをおすすめします。
ここまで読んで、「理屈は分かった。でも現場に出ながら、案件ごとに3大コストを記録し続けるなんて続くのか」と思われたかもしれません。正直、そこがいちばんの山場です。仕組みは、続かなければ意味がありません。
だから、最初は欲張らないことをおすすめします。週に一度、案件ごとに記録するのは3項目だけで十分です。
この3つを現場ごとに拾っておくだけで、さきほどの3大コスト(塗料費・足場代・人件費)がそのまま埋まります。凝ったシステムを入れる前に、まずこの3項目が現場ごとにたまる習慣をつくる。建設業では工事ごとに台帳をつくるのが基本になるので、工事台帳の位置づけもあわせて押さえておくと安心です。
そして、工事が完了したら、欠かさずやってほしいのが「見積のときに見込んだ原価」と「実際にかかった原価」の突き合わせです。

塗料費・足場代・人件費のどこで見積とズレたのかを、一言メモで残す。「上塗りを1回増やしたぶん塗料が超過」「足場を追加で借りた」「下地補修で人工が2人日オーバー」——この一行が、次の見積を確実に賢くします。見積原価から始まって、記録して、完了時に突き合わせ、その学びを次の見積に返す。この循環が回り出すと、勘の見積が、根拠のある見積に変わっていきます。
最初はExcelで十分です。現場ごとに列を分けて、3項目を打ち込んでいけば、それだけで立派な原価管理になります。つまずきやすいのは、現場の本数が増えてきたときです。同時に何件も走り出すと、手で転記する作業が追いつかなくなり、入力が後回しになって、気づけば「月末に締めてみないと、どの現場が危ないか分からない」——通帳を見て青ざめるあの状態に、逆戻りしてしまいます。手で転記する台帳が現場数に負けてきたと感じたら、見積や日報に一度入れた数字がそのまま案件別の原価に積み上がる建設業向けの業務管理ツール(コンクルーAIもそのひとつです)に任せてしまう、という選択肢も思い出してみてください。塗装業でのデジタル活用の全体像は塗装業のDX化とは、道具選びは塗装業向け施工管理アプリおすすめ4選も参考になります。
最後に、要点を3つに絞ります。
塗装の「忙しいのに残らない」は、根性や単価の問題である前に、3つのコストが混ざって"見えていない"だけのことが多いものです。まずは直近で終わった1現場を、塗料費・足場代・人件費の3つに分けて振り返ってみてください。それだけで、来月からの数字はぐっと見やすくなります。
材料と手間の比重が変わると守りどころも変わるのは、塗装に限りません。内装業の粗利率と原価管理、設備工事の原価管理、電気工事業の原価管理でも、同じ「分けて見る」発想を業種ごとの勘所で扱っています。自社に近い工種の記事も、あわせてのぞいてみてください。