毎日のように近隣から工事の騒音で苦情が来て、ついに『工事を止めろ』と言われたら——止める義務はあるのでしょうか。騒音規制法の基準や『受忍限度』の考え方、苦情が来たときの初動から予防策、行政指導への対応まで、解体も手がける工務店の社長のご相談に沿ってやさしく整理します。
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【今回のケース】解体工事も手がける工務店・従業員12名の会社
「築古住宅の解体を含む建て替え工事を請け負い、順調に進めていたのですが、着工してすぐ、隣の家の方から毎日のように『うるさい』『振動で家が揺れる』と苦情が入るようになりました。そのつどお詫びして続けていたのですが、先日ついに『こんな工事はもう認めない、今すぐ中止しろ』と強い口調で言われてしまいました。近隣の方に工事を止めろと言われたら、私たちは本当に工事を止めなければいけないのでしょうか。」
※この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の案件についての法的助言ではありません。実際の取り扱いは契約内容や状況によって変わります。判断に迷うときや相手方と争いになりそうなときは、弁護士などの専門家にご相談ください。
毎日顔を合わせるご近所から「工事を止めろ」と面と向かって言われるのは、金額の問題以上に気持ちがこたえますよね。かといって、こちらにも工期や職人の段取り、施主との約束があり、そう簡単に止められるものでもありません。結論からお伝えすると、近隣の方が「止めろ」と言ったというだけで、直ちに工事を中止しなければならない義務は、原則としてありません。ただしこれは「何をしてもいい」という意味ではなく、守るべきルールと「限度」があります。この記事では、工事の騒音で苦情を受けたときに、法律のどこからがアウトなのか、「受忍限度」とは何か、苦情が来たときの初動から予防、行政指導への対応までを、順番に整理していきます。
まず、いちばん気になっているところにお答えします。隣の方が感情的に「工事を中止しろ」と言ってきても、その一言だけで、あなたに法的な工事中止の義務が生じるわけではありません。工事にも、施主との契約にもとづいて適法に進める正当な権利があります。近隣の一存で現場を止められてしまうとしたら、そもそも建設工事は成り立たなくなってしまいます。
とはいえ、「だから無視していい」ということでは、まったくありません。工事の騒音や振動には、騒音規制法・振動規制法という法律や、自治体の条例で守るべきルールがあります。さらに、これらのルールを守っていても、騒音・振動が社会通念上がまんできる範囲、いわゆる「受忍限度」を超えてしまうと、損害賠償を求められたり、工事の一部について差止めを申し立てられたりするリスクが出てきます。
つまり答えは、「止める・止めない」の二択ではありません。ルールを守り、誠実に対応し、限度を超えないよう手を尽くす——これができていれば、たとえ強い口調で「止めろ」と言われても、あわてて工事を止める必要はない、というのが基本の考え方です。逆に、ルールも守らず苦情も放置していると、話は一気に不利になります。ここからは、その「ルール」と「限度」を具体的に見ていきましょう。
まず押さえておきたいのが、工事の騒音・振動そのものを対象にした法律です。中心になるのが騒音規制法と振動規制法で、この2つが「特定建設作業」というくくりで、うるさくなりやすい作業に基準を設けています。
騒音規制法では、著しい騒音を発生する作業として、くい打機やさく岩機、一定出力以上の空気圧縮機、コンクリート・アスファルトプラント、バックホウ、トラクターショベル、ブルドーザーなど8種類の作業を「特定建設作業」と定めています(出典:e-Gov法令検索・騒音規制法)。解体工事で使うことの多い機械の多くがここに含まれますから、ご相談のようなケースは、まさに規制の対象になりやすいと考えておくのが安全です。ただし、対象になるのは市町村が指定した地域内で行う場合で、その作業だけで1日で終わってしまうものは除かれます。
特定建設作業に当たると、いくつかの基準を守る必要があります。騒音については、作業をしている場所の敷地の境界線で85デシベルを超えないことが基準です(出典:環境省・特定建設作業に伴つて発生する騒音の規制に関する基準)。85デシベルというのは、幹線道路のすぐそばや、走行中の電車の車内に近いくらいの、かなり大きな音のイメージです。
あわせて、作業できる時間帯や日数にも制限があります。住居が集まる地域(第1号区域)では、原則として午後7時から翌朝7時までは作業ができず、1日あたり10時間以内。商工業地などの第2号区域ではもう少しゆるく、午後10時から翌朝6時まで不可で1日14時間以内です。どちらの区域でも、同じ場所で連続して6日を超える作業や、日曜・休日の作業は原則として認められません(災害など緊急の場合は例外があります)。なお、どの地域が第1号・第2号区域に当たるかは自治体が指定しており、地域によっては条例で国の基準に上乗せの規制を設けていることもあります。自分の現場がどの区域なのかは、市区町村の環境担当課で確認できます。
振動についても、振動規制法が同じような枠組みを持っていて、敷地の境界線で75デシベルを超えないことが基準です。解体工事は騒音だけでなく振動の苦情も出やすいので、ご相談のように「家が揺れる」と言われている場合は、こちらも意識しておく必要があります。
そして見落としがちなのが届出です。指定地域内で特定建設作業を行うときは、作業開始の7日前までに、市町村長へ届出をしなければなりません(出典:e-Gov法令検索・騒音規制法)。この届出を怠っていると、それ自体が法令違反となり、いざ苦情がこじれたときに一気に立場が悪くなります。まずは自分の現場が、これらの基準や手続きをクリアできているかを確認しましょう。

ここが今回いちばん大事なところです。実は、騒音規制法などの基準を守っていても、それだけで「いっさい責任を問われない」とは言い切れません。カギになるのが「受忍限度」という考え方です。
受忍限度とは、ざっくり言えば「ご近所づきあいのなかで、おたがいがまんし合うべき限度」のことです。工事の音や振動も、この限度の範囲内であれば、近隣の方も受け入れるべきものとされます。ところが、その限度を超えてしまうと、法律上は違法な権利侵害と評価され、損害賠償の対象になったり、場合によっては工事の一部について差止め(やめるよう求める申立て)をされたりすることがあります。
では、何をもって「限度を超えた」と判断するのか。ここは一律の数値で決まるものではなく、裁判では、①騒音・振動の大きさや程度、②時間帯や頻度・期間、③その地域がもともとどんな環境か(住宅地か工業地か)、④被害の内容、⑤業者がどれだけ被害を防ぐ手を尽くしたか、といった事情を総合的に見て判断される傾向にあります。規制基準の85デシベルは一つの目安として参照されますが、基準内でも夜間に毎日続けば問題になり得ますし、逆に一時的に超えたからといって直ちに違法と決まるわけでもありません。
ここで注目してほしいのが、⑤の「防ぐ手を尽くしたか」です。裁判例では、防音・防振の対策をきちんと講じ、近隣に誠実に対応していた業者ほど、受忍限度の範囲内と評価されやすい傾向があります。逆に、苦情を放置し、何の対策もとっていなかった場合は、たとえ数値が基準内でも不利にはたらきかねません。「きちんと対策し、誠実に対応した」という事実と記録が、そのまま自分を守る材料になるということです。だからこそ、次に説明する初動と予防が効いてきます。
実際に「うるさい」と言われたとき、その場の対応ひとつで、その後こじれるか収まるかが大きく変わります。感情的な言い合いに発展させないために、次の3つを意識してください。
苦情を受けたら、まずはいったん手を止めて、相手の話を最後まで聞きましょう。ここで「法律は守っています」といきなり反論すると、火に油です。相手が求めているのは、多くの場合「自分の困りごとをちゃんと受け止めてほしい」ということです。非をすべて認める必要はありませんが、「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と、不便をかけている事実にはきちんとお詫びをする。この最初の姿勢だけで、相手の態度がやわらぐことは少なくありません。
次に大切なのが、苦情の内容を記録しておくことです。「いつ、誰から、どんな内容の苦情があり、こちらがどう対応したか」を、その日のうちにメモに残しましょう。可能なら、作業中の騒音・振動を簡易な測定器で測って記録しておくと、なお心強いです。地味な作業ですが、この記録が、後で受忍限度が問題になったときや、行政が入ってきたときに、「誠実に対応してきた」ことを示す何よりの証拠になります。口約束だけで終わらせず、対応の約束はメールや書面で残すのがおすすめです。
そして、相手の不安をやわらげるのにいちばん効くのが、見通しを示すことです。人は「いつ終わるか分からない音」に強くストレスを感じます。「うるさい作業は今週いっぱいで終わります」「基礎の工事が終われば音は小さくなります」と、工程を具体的に説明しましょう。口頭だけでなく、作業工程表を使って残りの期間を見える化して伝えると、相手も「あと少しの辛抱か」と受け止めやすくなります。窓口を一本化して、「何かあればこちらへ」と連絡先を渡しておくのも有効です。

ここまで読んで、「起きてから対応するより、起きないようにしたい」と思われたはずです。工事の騒音トラブルの多くは、着工前と工事中のひと手間で、かなり防げます。
いちばん効くのが、着工前の近隣挨拶です。工事の内容、始まる時期と終わる時期、うるさくなりそうな時期と時間帯を、あらかじめ伝えておくだけで、相手の心構えがまるで変わります。同じ音でも、「聞いていた音」と「突然の音」では、受け取り方がまったく違うのです。範囲は現場の両隣・向かい・裏の家を基本に、振動が伝わりやすい状況なら少し広めに。手土産を添え、名刺や連絡先を渡しておくと、いざというときの相談窓口にもなります。
作業時間は、法律の基準を守るのはもちろん、朝は少し遅めに始める、昼休みはしっかり止める、夕方は早めに切り上げる、といった配慮が効きます。あわせて、現場の見やすい場所に工事のお知らせを掲示しましょう。工事名・工期・作業時間・元請と現場責任者の連絡先を書いておくと、「ちゃんとした現場だ」という信頼につながり、苦情そのものを減らせます。
物理的な対策も有効です。現場を防音シートや防音パネルで囲う、低騒音型・低振動型として指定された建設機械を使う、粉じん対策も兼ねて散水する、といった工夫で、音と振動はかなり抑えられます。とくに解体工事では、重機の使い方ひとつで振動が大きく変わりますから、オペレーターへの指示も含めて対策しておきたいところです。こうした対策をとった事実は、先ほどの受忍限度の判断でもプラスにはたらきます。
もう一つ、元請として下請に工事を出す場合は、近隣対応や苦情が出たときの窓口・費用負担を、あらかじめ工事請負契約書のなかで取り決めておくと、いざというときに「どちらが対応するのか」でもめずに済みます。
苦情を受けた近隣の方が、市町村の公害担当や環境課に相談することもあります。そうなると、行政から現場に連絡や立ち入りが入ることがありますが、ここでも落ち着いて対応すれば大丈夫です。まずは仕組みを知っておきましょう。
特定建設作業の騒音・振動が基準に合わず、周辺の生活環境が著しく損なわれると市町村長が認めたときは、期限を定めて改善を勧告できます。勧告に従わない場合は、さらに改善命令を出すことができ、この命令に違反すると罰則の対象になり得ます(出典:環境省・特定建設作業に伴つて発生する騒音の規制に関する基準の一部改正について)。
ここで知っておいてほしいのが、その勧告・命令で求められる内容です。中身は「騒音(振動)の防止方法の改善」か「作業時間の変更」に限られていて、工法の変更や工事そのものの中止は含まれていません。つまり、行政ですら「工事を止めろ」とは命じられない仕組みになっているのです。ここからも、近隣の方の「止めろ」という一言だけで工事を止める義務は生じない、ということが読み取れます。
ですから、行政から指導が入っても、慌てて工事全体を止める必要はありません。求められた改善(作業時間をずらす、防音対策を追加するなど)に誠実に応じ、その内容と経過を記録しておく。これがいちばん賢い対応です。逆に、届出を怠っていたり、命令を無視したりすると、罰則という別の問題になってしまうので、そこは軽く見ないようにしてください。
最後に、かえって事態を悪くしてしまう、ありがちな対応をまとめておきます。心当たりがないか、チェックしてみてください。
ご近所から「工事を止めろ」と言われるのは、精神的に本当にこたえるものですよね。ですが、あわてて工事を止める前に、まずは「ルールを守れているか」「限度を超えていないか」「誠実に対応し、記録できているか」を落ち着いて確認してみてください。多くの場合、丁寧な初動と少しの予防で、事態は収められます。この「建設業のトラブル相談」では、こうした「これって法律的にどうなんだろう」という、現場の社長ならではの困りごとを、これからも取り上げていきます。