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監督者:白澤光純
株式会社コンクルー 代表取締役CEO
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「来月から値上げ」の一報で、出した見積が赤字の火種に。資材が上がり続ける局面で、見積の有効期限・契約のスライド条項・価格転嫁の交渉という3つの自衛策を、見積前・契約時・工事中の時系列で整理します。民間工事の請負でも使える条項例と切り出し方まで、町場の目線で解説します。
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仕入先から「来月から値上げです」と一本の連絡。ちょうど先月出した見積で受注が決まりそうで、着工は3か月先。このまま契約したら、材料費だけで利益が飛んでしまう。かといって、「値上がりしたので見積をやり直させてください」と、施主や元請にどう切り出せばいいのか——。資材が上がり続ける局面で、こんな板挟みに立たされた社長は少なくないはずです。
出してしまった見積は、いわば「その値段で請けます」という約束の入り口です。放っておくと、値上がり分をまるごと自社がかぶることになりかねません。でも、守る手立てはあります。ポイントは、見積を出す前・契約するとき・工事をしている最中、という3つのタイミングで、それぞれに合った備えをしておくことです。
この記事では、「見積の有効期限」「スライド条項」「価格転嫁の交渉」という3つの自衛策を、時系列に沿って整理します。公共工事の話に寄せず、民間の請負でも使える形まで落とし込みます。契約条項や交渉の文言は一例としてお示ししますが、実際の契約や個別の交渉は、弁護士・行政書士などの専門家に確認しながら進めてください。
建設資材の価格は、ここ数年、品目によって上下を繰り返しながらも、全体としては高い水準が続く「高止まり」の傾向が伝えられています。為替や燃料、原材料や物流のコストなど、値動きの要因は一つではありません。特定の資材が急に跳ね上がることもあれば、じわじわと効いてくるものもあります。
大切なのは、こうした値動きの「向き」と「速さ」を、思い込みではなく最新のデータで押さえておくことです。建設資材の価格の推移は、公的・準公的な統計として公表されています。自社がよく使う資材が今どちらを向いているのか、見積を出す前にざっと確認する習慣をつけておくと、後の交渉で「感覚」ではなく「数字」で話せるようになります(出典:建設物価調査会「建設資材物価指数」)。

まず、どこで足元をすくわれるのか。値上がり局面で見積が赤字の火種になるのは、だいたい次の3つのパターンです。
第一に、受注が遅れるパターン。見積を出してから契約・着工までに時間が空き、いざ材料を買う段になると、見積時の単価ではもう仕入れられない。第二に、工期の長い工事のパターン。着工時は問題なくても、後半に使う資材が、当初の想定を超えて値上がりしている。第三に、追加・変更工事のパターン。途中で仕様が変わって材料が増えたのに、その単価の根拠を用意しておらず、値上がり分を請求できない。
とくに三つ目の追加・変更工事は、値上がり局面で見落とされがちな穴です。「ついでにこれもお願い」と口頭で頼まれ、後から材料を足したものの、その分の単価をどこにも残していない。すると、いざ請求しようとしても「言った・言わない」になり、上がった材料費を丸ごとかぶってしまう。追加が出た時点で、たとえ簡単なメモや一本のメールでも、「この追加分は◯月時点の単価で見ています」と根拠を先に握っておくだけで、後の回収しやすさがまるで変わります。
いずれのパターンも、「見積を出した時点の値段」と「実際に買う時点の値段」がズレることで起きています。だとすれば、対策も自ずと3つに整理できます。すなわち、①見積そのものに期限を切る「見積有効期限」、②契約に価格変動の逃げ道を用意する「スライド条項」、③それでも足りない分を交渉する「価格転嫁」。この3点セットを、時系列で順番に見ていきましょう。
いちばん手前で効くのが、見積書に有効期限を書くことです。「本見積書の有効期限:発行日より30日」といった一文。多くの会社が何となく入れている項目ですが、実はこれ、値上がり局面では立派な防波堤になります。
法律の考え方では、見積書は「この条件で請けます」という申込みにあたる場面があり、そこに承諾期間(有効期限)を定めておくと、その期限までに相手の承諾(発注)がなければ、その申込みは効力を失うとされています。つまり、期限を過ぎた見積は「もう一度出し直す」のが筋になる、という後ろ盾ができるわけです。反対に、有効期限を書いていない見積は、相当な期間はその内容に縛られると考えられており、値上がりを理由にした撤回がしにくくなります(民法の申込み・承諾に関する規定の考え方によります)。
活かすコツは、有効期限とセットで、期限が切れた後の扱いまで書いておくことです。たとえば、「有効期限を過ぎた場合は、材料単価等を見直したうえで改めて見積を提示いたします」といった一文を添えておく(これはあくまで文言の一例です)。こうしておけば、着工が延びたときに「期限切れなので、いまの単価で出し直させてください」と、角を立てずに切り出せます。
もう一つ、地味ですが効くのが、見積を出した時点の主要資材の単価を、社内の控えとしてメモに残しておくことです。「この見積は、◯月◯日時点で鋼材が単価いくら、という前提で組んだ」という記録。後日、値上がり分を交渉するときに、「見積のときはこの単価だった」という出発点を示せるかどうかで、話の説得力がまるで変わります。見積書のどの費目が材料費にあたるのか、原価の全体像を押さえておきたい方は、直接工事費の内訳や計算方法の解説記事もあわせて参考にしてください。
見積の期限だけでは、工期の長い工事はカバーしきれません。契約した後に値上がりしたら、どうするか。ここで出てくるのが「スライド条項」です。契約の締結後に賃金や物価の水準が大きく動いたとき、その変動に応じて請負代金額の変更を請求できるようにしておく——という仕組みです。
国や自治体が使う「公共工事標準請負契約約款」には、このスライド条項が用意されており、大きく3つのタイプに分かれるとされています(出典:国土交通省「各種スライド条項(全体スライド、単品スライド、インフレスライド)について」 国土交通省)。民間の契約を考えるうえでも、この3分類が土台になります。

3つとも、発動には「変動が一定の水準を超えること」などの要件があり、その基準や計算の方法は約款や運用マニュアルで定められています。この記事では具体的な割合や条番号にはあえて踏み込みません。実際に使う際は、最新の約款・運用資料で確認してください。
「うちは公共工事なんてやらないよ」という方も、あきらめる必要はありません。民間の工事でも、標準的な契約約款には、賃金や物価の変動に応じて請負代金額を変更できる規定が置かれています。
代表的なのが、民間(七会)連合協定工事請負契約約款(かつての旧四会連合協定の約款)です。この約款にも、物価の変動などがあったときに、当事者が請負代金額の変更を求め、必要な協議を申し入れられるとされる規定があります(出典:民間(七会)連合協定工事請負契約約款委員会 gcccc.jp)。国土交通省が示す「民間建設工事標準請負契約約款」にも、賃金・物価の変動に基づく請負代金額の変更の規定が設けられています。
問題は、実務では簡易な自社フォーマットの契約書や、注文書・請書だけで工事を進めてしまい、こうした価格変動の逃げ道がどこにも書かれていないケースが多いことです。そこで、個別の契約に一文を足しておく方法があります。たとえば、「契約後、主要資材の価格が◯%を超えて変動した場合は、甲乙協議のうえ請負代金額を変更できるものとする」といった条項です。
ただし、これはあくまで考え方を示す一例にすぎません。何%を基準にするか、どの資材を対象にするか、協議が整わないときにどうするか——こうした中身は、工事の内容や取引の力関係によって適切な形が変わります。実際に条項を入れるときは、標準約款を土台にしつつ、弁護士・行政書士などの専門家に相談して自社に合う形に整えてください。契約書そのものの役割や記載項目をおさらいしたい方は、工事請負契約書の役割や記載項目、注意点の解説記事も参考になります。
有効期限も引き直せない、契約にスライド条項もない。それでも値上がりは待ってくれない。そんなときに残るのが、正面からの価格転嫁の交渉です。ここは気が重いところですが、準備の仕方で通りやすさが大きく変わります。
交渉が難しいのは、「なんとなく上がったので上げてください」では相手が動けないからです。逆にいえば、値上がりを客観的に示せれば、話の土俵が変わります。切り出す前に、次の3点を手元にそろえておきましょう。
この3点がそろうと、「感覚で値上げを頼む」から「事実にもとづいて協議する」に変わります。値引きを求められる場面での見積書の見せ方については、出精値引きの書き方や注意点の解説記事の考え方も、逆の立場の参考になります。
心強いことに、いまは国全体が「適正な価格への転嫁」を後押しする方向に動いています。ここで、拠り所になる法律の整理を一つ。建設工事の請負そのものについては、主に建設業法が土台になります。注文者が、通常必要と認められる原価を著しく下回るような、不当に低い請負代金を強いることは、建設業法上問題になり得るとされています(出典:国土交通省「建設業法令遵守ガイドライン」)。
一方で、2026年1月に施行された取適法(中小受託取引適正化法。旧下請法の改正・改称)は、建設工事の請負そのものではなく、資材・部材の製造委託や運送委託といった「工事以外の委託」の取引を対象とする法律とされています(出典:中小企業庁「取引適正化・価格交渉・価格転嫁」)。たとえば、自社が特注の建具や加工材を作って納める、資材の運送を請け負う、といった場面ではこちらが関わってきます。値上がり分の据え置きや一方的な買いたたきは、こうした取引でも問題になり得るとされています。工事を請ける場面か、モノや運送を請ける場面かで、拠り所となる法律が変わる、と押さえておくと交渉の筋道が立てやすくなります。
さらに、国は毎年時期を決めて価格交渉を促す取り組みも続けています。中小企業庁は毎年9月と3月を「価格交渉促進月間」と位置づけ、価格交渉・価格転嫁を後押しする広報や要請を行っています(出典:中小企業庁「価格交渉促進月間」)。困ったときの相談先としては、取引上の悩みを相談できる「取引かけこみ寺」や、よろず支援拠点に置かれた価格転嫁の相談窓口などがあります(出典:中小企業庁「取引適正化・価格交渉・価格転嫁」)。「自社だけで交渉するのは心細い」というときは、こうした窓口に段取りを相談してから臨むのも一つの手です。

交渉そのものは、感情的にならず、段取りで進めるのがコツです。おおまかな流れは、根拠を集める→書面や口頭で値上がりの状況を共有し協議を申し入れる→金額の落としどころを話し合う→合意した内容を書面(変更契約書や覚書)に残す、という順番になります。口約束のままにせず、最後に書面化までやりきる。これが、次の工事や追加工事のときの土台にもなります。
ここでも、「交渉すれば確実に転嫁できる」と保証できるものではありません。相手のある話ですし、契約や取引の実態によって結果は変わります。それでも、根拠をそろえて、正当な手順で協議を申し入れること自体は、いまの制度の流れにも沿った、まっとうな行動です。適正な価格で受注する動きは、標準労務費など見積の適正化をめぐる近年の制度改正とも地続きです。この流れをもう少し知りたい方は、標準労務費で見積もりはどう変わるかの解説記事もあわせてご覧ください。
最後に、値上がり局面で見積を出す前の最終確認として使える形に、3つの対策をまとめておきます。
タイミング | やること | ねらい |
|---|---|---|
見積を出す前 | 有効期限を明記し、 | 受注が延びたときに単価を引き直せるようにする |
見積を出す前 | 主要資材の単価を | 後日の交渉の出発点(根拠)を確保する |
契約するとき | 価格変動時に代金を協議・ | 工期の長い工事で値上がり分を一方負担しない |
工事中・受注後 | 統計・仕入伝票・単価控え | 値上がり分の転嫁を事実にもとづいて進める |
どれも、特別な道具はいりません。いつもの見積書に一文を足す、単価をメモに残す、契約に一項を入れる、根拠をそろえて話し合う。この小さな習慣の積み重ねが、「気づいたら利益が材料費に消えていた」という事態から会社を守ります。
値上がりは、こちらの都合ではどうにもなりません。だからこそ、コントロールできるのは「出す見積の作り方」と「結ぶ契約の中身」、そして「交渉の準備」です。まずは次に出す一枚から、有効期限と単価の控えを見直すところから始めてみてください。個別の契約条項や交渉の進め方に迷ったときは、公的な相談窓口や専門家の力も、遠慮なく借りていきましょう。