「他社は◯◯万円だよ」と言われるたびに値引きしていませんか。断れないのは、いくらを下回ったら赤字なのか自分でも分からないから。固定費と変動費から自社の最低受注ライン(損益分岐単価)を計算し、根拠を持って値決めする手順を、架空の例で具体的に解説します。
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「他社さんは、これで◯◯万円って言ってるよ」——相見積もりでそう言われた瞬間、つい「じゃあ、うちもそのくらいで……」と応じてしまう。あとで振り返って、「なんで、あんなに簡単に下げたんだろう」と後悔する。心当たりのある社長さんは、多いのではないでしょうか。
断る勇気がない、というより、断るための根拠がない、というのが本当のところだと思います。「いくらまでなら受けていいのか」という自分の最低ラインを持っていないから、相手の言い値に引きずられてしまう。忙しく働いているのに、なぜか手元にお金が残らない——その理由の一つが、この「基準のない値決め」にあることに、薄々気づいている方も、いるかもしれません。
この記事では、「安売りしない」をマインドや根性の話ではなく、数字の手順として解決します。自社の「最低受注ライン(これを下回ったら赤字、という単価)」を、固定費と変動費から自分で計算して持つ。その基準さえあれば、値引き交渉で引きずられることが、ぐっと減ります。計算は中学の算数レベルまで噛み砕きますので、電卓ひとつでついてきてください。(※これから出てくる金額は、すべて説明のための架空の例です)
先に、値決めの手順の全体像をお見せします。安売りしないための値決めは、次の5つのステップで進めます。

ポイントは、順番です。多くの現場では、値決めを「相場」と「勘」、そして「相手の顔色」で決めています。それを、「①〜③で自分の最低ラインを先に固めてから、④⑤で価格を決める」順番に変える。たったこれだけで、値決めは「引きずられるもの」から「基準に照らして判断するもの」に変わります。ひとつずつ見ていきましょう。
具体的なステップに入る前に、「なぜ、つい安売りしてしまうのか」を整理しておきます。
値引きに応じてしまう心理には、2つの要素が絡んでいます。ひとつは、「この仕事を断ったら、次の仕事がないかもしれない」という、仕事が切れることへの恐怖。もうひとつは、「そもそも、いくらを下回ったら赤字なのかを、自分でも分かっていない」という、基準の不在です。
この2つが重なると、値切られたときに踏ん張れません。断ったら仕事が切れるかもしれない、でも受けて損をするかもしれない——どちらの怖さも、はっきりした数字で確かめられないから、結局「まあ、受けておこう」と流されてしまう。
「忙しいのに残らない」の正体も、実はここにあります。手が空くのが怖くて、単価の合わない工事まで受けてしまう。その工事は、会社の固定費(事務所や社長の給料など、工事があってもなくても出ていくお金)を賄えないまま現場だけが動くので、忙しさのわりに利益が残りません。安く受けた現場が1本混じるたびに、他の現場で稼いだ利益が、静かに削られていく。これが、働いても残らない構造です。
だからこそ、「いくらを下回ったら、この工事は会社の足を引っ張るのか」という最低ラインを、数字で持っておく。それが、安売りに歯止めをかける最初の一歩です。
最初にやることは、会社の「固定費」を月額で掴むことです。固定費とは、工事があってもなくても、毎月ほぼ決まって出ていくお金のことです。
まずは、思いつくかぎり書き出してみてください。架空の例で、小さな建設会社の1か月の固定費を並べてみます(金額はすべて作り話です)。
固定費の項目 | 月額(架空の例) |
|---|---|
社長の役員報酬(自分の給料) | 70万円 |
事務員の給料(1名) | 25万円 |
事務所の家賃・光熱費 | 15万円 |
車両・重機のリース | 20万円 |
保険・会費など | 10万円 |
借入金の返済 | 30万円 |
その他(通信・消耗品など) | 30万円 |
合計 | 200万円 |
この会社の固定費は、月200万円です。工事を1本も受けなくても、毎月200万円が出ていく。逆に言えば、工事で稼ぐ粗利(売上から、材料や外注などの直接の原価を引いた残り)が、月200万円を超えて初めて、会社に利益が生まれます。
ここで、町場の建設会社が判で押したようにやってしまう間違いを、ひとつ、釘を刺しておきます。それは、「社長自身の給料を、固定費に入れ忘れる」ことです。「自分の取り分は、残ったら取ればいい」と考えていると、最低ラインの計算から、社長の生活費がまるごと抜け落ちてしまいます。それでは、いくら働いても「会社は回っているのに、自分の手元は苦しい」ままです。自分の給料は、遠慮せず固定費に入れてください。それが、あなたが食べていくための最低ラインだからです。
なお、事務所や社長まわりの固定費(一般管理費)と、現場を動かすためにかかる共通の経費(現場管理費)は、性質が少し違います。この区別を整理したい方は、現場管理費とはもあわせてどうぞ。ここではまず、「工事があってもなくても出ていくお金=固定費」を、ざっくり月額で掴めれば、じゅうぶんです。
固定費の次は、「変動費」です。変動費とは、工事をやったぶんだけ出ていくお金。具体的には、その現場のための材料費・外注費・現場の労務費が、これにあたります。工事が増えれば増え、工事がなければ出ていかない。固定費とは、ここが違います。
変動費を掴むには、過去の工事が教科書になります。似たような工事を過去に何本かやっているはずなので、その現場で実際にいくら材料を買い、いくら外注に払ったかを、工事ごとに拾い出してみてください。これが、次に同じような工事を見積もるときの、変動費の下敷きになります。工事ごとに原価を積み上げていく台帳の考え方は、工事台帳や工事原価の整理が参考になります。
もし、「過去の現場でいくら原価がかかったのか、正直よく分からない」という状態なら、値決めの前に、まずそこを掴むところからです。変動費が分からないと、最低ラインの計算のしようがありません。原価の掴み方そのものは、建設業の原価管理で土台を作ってから、この記事に戻ってきてください。順番として、そのほうが確実です。
固定費と変動費が掴めたら、いよいよ最低受注ラインの計算です。むずかしく聞こえますが、やることは割り算だけです。
最低受注ラインの正体は、「会社の固定費を、ちょうど賄えるところ」です。工事の粗利(売上−変動費)を全部足していって、月の固定費200万円にちょうど届く売上——ここが損益分岐点です。これを下回れば赤字、超えれば黒字。まずは会社全体で、この分岐点を出してみます。
架空の例で計算します(金額はすべて作り話です)。さきほどの、固定費が月200万円の会社で考えます。
この会社では、工事の売上のうち、材料・外注・現場の労務といった変動費が、だいたい6割を占めるとします。つまり、売上100万円の工事なら、変動費が60万円、残る粗利が40万円(粗利率40%)という構造です。
すると、固定費200万円を粗利で賄うのに必要な売上は、こう計算できます。
つまり、この会社は、月に500万円を売り上げて、ようやくトントン(利益ゼロ)。500万円を超えたぶんから、はじめて会社の利益になります。

この「月500万円」を、今度は1件・1人工の単位に落とすと、現場での判断に使えます。たとえばこの会社が、社長と職人2人で、月におよそ50人工ぶんの工事を回せるとします(職人2人がフル稼働で2人×20日=40人工、社長は営業や段取りの合間に現場へ出て10人工、合わせて50人工)。
これは、「現場に出す1人工ごとに、最低でも4万円の粗利を稼がないと、固定費(社長の給料込み)を賄えない」という意味です。この4万円が、現場ごとの最低ラインを組み立てる部品になります。
たとえば、ある現場に自社が10人工かかる見込みなら、その現場で最低限とるべき粗利は、40,000円 × 10人工 = 40万円。もし、その現場の変動費(材料・外注など)が80万円と見込めるなら——
この現場は、120万円を下回って受けると、会社の固定費への取り分が稼げていない、ということになります。「他社は100万円だよ」と言われても、120万円という自分の最低ラインが見えていれば、100万円で受けるのが何を意味するか(=この現場は、固定費を20万円ぶん取りこぼす)を、はっきり分かったうえで判断できます。
ここで、大事な注意があります。最低受注ラインは、あくまで「これを下回ったら会社の足を引っ張る」という下限であって、提示価格そのものではありません。最低ラインぴったりで受け続けると、固定費は賄えても、会社の利益はゼロのまま。設備を新しくすることも、職人さんの給料を上げることも、万一に備えて蓄えることも、できません。
だから、実際に見積もりで出す価格は、最低ラインに「会社として残したい利益(目標の粗利)」を乗せた金額になります。さきほどの現場でいえば、最低ライン120万円に、目標の利益を上乗せして、130万円なり140万円なりで提示する、というイメージです。
どのくらい乗せるか——目標の粗利率をどう決めるかは、それだけで一つのテーマになります。業種や工事の種類、地域や競争の激しさで変わってくるので、ここでは深入りしません。ただ、順番だけは間違えないでください。「相場から値引きして提示価格を決める」のではなく、「最低ライン+目標利益で提示価格を決めて、値引き交渉は最低ラインまでで踏ん張る」。この順番が、安売りしないための背骨です。
最低ラインと提示価格が決まれば、値引き交渉は、もう怖くありません。「どこまで下げていいか」の答えを、先に自分で持っているからです。
値引きを求められたときの基本は、「金額だけを下げない」ことです。金額を下げるなら、そのぶん、仕事の範囲や仕様も一緒に調整する。これがセットです。
たとえば、こんな返し方があります。「そのご予算に合わせることもできますが、その場合は、この部分の仕様を一段落としましょう」「金額を下げるかわりに、この付帯工事は別途にさせてください」。金額と中身を天秤にかけて、両方をセットで動かす。こうすれば、値引きに応じても、その現場の採算(変動費と最低ラインの関係)は崩れません。ただ金額だけを削ると、削ったぶんが、まるごと自社の粗利から消えます。ここが、分かれ道です。
正式な値引きとして見積書に「出精値引き」を入れる場合の考え方や書き方は、出精値引きとはで整理しています。値引きを「なんとなく」ではなく、根拠を持って扱うために、あわせて読んでおくと安心です。
そして、相手の予算がどうしても最低ラインを割るなら、その仕事は断る、という選択肢も、はっきり持っておいてください。固定費が他の現場で回っているなら、最低ラインを割る1本を断っても、会社はつぶれません。むしろ、赤字の現場を1本受けるほうが、体力を削ります。断る勇気は、根性ではなく、「固定費は他で回っている」という計算の裏付けから生まれます。
ただし、公平のために付け加えておくと、「最低ラインを割る仕事は、受けてはいけない」という単純な話でもありません。戦略的に、あえて安く受けるべき場面もあります。たとえば、どうしても食い込みたい新規の元請との初仕事や、現場が閑散として、職人さんの手が完全に空いてしまう時期。手が空いて固定費だけが出ていくくらいなら、最低ラインを少し割ってでも、変動費を上回るぶんで固定費の一部でも回収したほうがマシ、という判断はあり得ます。大事なのは、それを「基準を分かったうえで、あえてやる例外」として扱うこと。基準がないまま、なし崩しで安く受け続けるのとは、まったく違います。
なお、元請が下請けに対して不当に低い金額を強いることは、建設業法でも戒められています(出典:建設業法、e-Gov法令検索)。ただ、そうした交渉ごとに向き合ううえでも、まずは「自社は、いくらなら受けられるのか」という基準を持っていることが、話の土台になります。
最低ラインの計算は、一度やって終わり、ではありません。とはいえ、毎回ゼロから計算し直す必要もありません。ラクに続けるコツが、2つあります。
ひとつは、最低ラインの土台になる「固定費」と「1人工あたりの最低粗利」は、年に1回、見直せばじゅうぶんだ、ということです。固定費は、そう頻繁には変わりません。決算のタイミングなどで年1回、固定費を洗い直して、1人工あたりの最低ラインを更新しておけば、あとは1年間、その数字を使い回せます。
もうひとつは、過去の見積もりと原価のデータを、次の値決めに使い回すことです。似た工事の「見積もりでいくら見て、実際にいくらかかったか」が手元に貯まっていれば、次の見積もりは、それを下敷きに変動費を置くだけで、かなり精度が上がります。毎回、白紙から勘で見積もるのをやめて、過去の実績を土台にする。これが、値決めを速く・正確にする、一番の近道です。
最後に、5つのステップを振り返ります。
値決めというと、度胸や交渉術の話に聞こえがちです。でも、本当に効くのは、「いくらまでなら受けられるか」を数字で分かっていることです。基準さえあれば、値切られても慌てず、「そこまでは応じられます」「それ以下なら、範囲を見直しましょう」と、落ち着いて返せます。相手の言い値ではなく、自分の計算で判断できる——この基準こそが、安売りしないための、そして会社を長く続けるための、いちばん静かで強い営業力です。まずは、直近で出した見積もりを1本、この5つのステップで見直してみてください。