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監督者:白澤光純
株式会社コンクルー 代表取締役CEO
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悲劇で始まった人類初のステーション、竣工より先の補修工事、そして総費用15兆円のISS=時速2万8千kmの鉄骨の上のとび職——軌道という建設現場の50年と、すべてを変えた打上げコスト革命を描く外伝第2回です。
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外伝「宇宙建設」の第2回です。前回は、地球の外に建てるという発想がどこから来たのか、その動機と難しさを整理しました。今回は、実際に宇宙に「建った」ものの話をします。悲劇で始まった人類初の宇宙ステーション、竣工より先に始まった補修工事、人類史上最高額の建物であるISS、そして宇宙建設の根本方程式をまるごと動かした打上げコスト革命——この四つを、地上の建設業の目線で追っていきます。読み進めると、時速2万8千kmで飛ぶ鉄骨の上で働く「宇宙のとび職」から、毎回燃える発射台の補修サイクルまで、意外なほど地上の現場と地続きの光景が見えてきます。

実際に宇宙に何かが「建った」のは、1971年です。ソ連のサリュート1号——人類初の宇宙ステーション。前回まで見てきた宇宙建設の構想が、初めて現実の構造物として地球を回りはじめた瞬間でした。ただし、その歴史は誇らしい竣工式ではなく、悲劇で始まりました。最初の滞在クルー3名は、地球への帰還時、宇宙船内の気密が漏れて全員が死亡します。ソユーズ11号事故です。彼らは帰還の途中で帰還船の与圧が失われ、大気のない高度で短時間のうちに命を落としました。地上の回収班が着陸したカプセルを開けたときには、すでに3名とも亡くなっていたのです。宇宙という現場が、人類史上のどの建設現場よりも人命に対して過酷であることを、最初のステーションが、最も痛ましい形で証明したのです。
この事実は、いま宇宙建設を語るときにも忘れてはならない出発点です。地上の現場でも、労働災害の記憶が安全基準を形づくってきました。橋やダムの歴史は、同時に殉職者の歴史でもあります。宇宙建設は、その最も過酷な延長線上にある——技術の話をする前に、まず「人が死ぬ現場だ」という前提から始まったのだと、覚えておくべきだと私は思います。日本の町場の現場でも、突き詰めれば安全は工程や利益よりも先に来る。軌道の歴史は、そのことを人類最初の一歩で刻みつけました。
1973年、米国のスカイラブが続きます。これは巨大なサターンVロケットの燃料タンクを居住区に転用した、いわば「転用建築(コンバージョン)」でした。新築ではなく、既存の躯体を住まいに造り替える——地上でいえば倉庫をオフィスに、工場をホテルにリノベーションするのに近い発想です。ところが打上げの際、機体を微小隕石と日射から守るための遮熱シールドが空力で引き裂かれ、太陽電池パネルの一枚も巻き添えで開かなくなりました。日除けを失ったステーションは太陽に炙られて内部が灼熱化し、このままでは人が住めない「欠陥物件」になりかけます。
そこで最初のクルーは、船外活動でパラソルのような日除けを展開し、さらに引っかかったまま開かない太陽電池パネルを、工具でこじ開けて広げ、電力と居住性を回復させました。人類初の本格的な「宇宙での補修工事」です。竣工した建物を点検して直したのではありません。打ち上げた直後の、まだ使いものにならない構造物を、現場合わせで応急補修して初めて住めるようにした——つまり建設と補修の順番が逆転していたのです。竣工より先に修繕から始まったこの出来事は、以後の宇宙建設の本質を予告していました。すなわち、極限環境では建てることと保守することの境目がないということ。図面どおりに建ち上がってから使う、という地上の常識が、宇宙では最初から通用しないのです。
ちなみにスカイラブには後日談があります。1979年、運用を終えたスカイラブは制御しきれずに大気圏へ落下し、燃え残った破片をオーストラリア西部に散らばらせました。破片の落ちた地元の自治体は、洒落半分にNASAへ「ポイ捨て(不法投棄)」の罰金切符を切った、という逸話が残っています。宇宙初の「建設廃棄物」騒動です。笑い話のようですが、造ったものを最後にどう始末するか——この問いは、後で見るデブリ問題として、宇宙建設全体に重くのしかかってくることになります。造りっぱなしのツケは、地上でも軌道でも、いつか誰かに回ってくる。町場の解体・産廃の話と、本質は同じです。
それでも、このスカイラブが証明したことは決定的でした。既存の巨大構造物を住居へ転用できること、そして打上げで傷んだ機体を、現場の人間の手で応急的に立て直せること。図面どおりに完璧なものを送り込むという発想だけでは、宇宙という現場は回らない。むしろ「壊れることを前提に、その場で直せるように作っておく」という、地上の保全の知恵こそが要る——スカイラブの応急補修は、宇宙建設の思想の重心が、精密な一発勝負から現場対応力へと移っていく、その転換点でもあったのです。段取りどおりにいかない現場でこそ、職人の手当ての力が光る。それは、地上の小さな現場でいつも起きていることでもあります。
宇宙で初めて本格的な「増築」が行われたのは、ソ連のミールでした。1986年に打ち上げたコアモジュールを起点に、以後10年をかけて用途の異なるモジュールを次々と継ぎ足し、六つの区画を持つ複合体へと育てていきます。科学観測用、居住・気密室用、実験用——役割ごとの部屋を、軌道上で一つずつドッキングして増やしていったのです。ここで宇宙ステーションは初めて、「完成品を一発で打ち上げるもの」から「軌道上で組み立て続けるもの」へと性格を変えました。建てながら使い、使いながら建て増す。地上の商店が、繁盛に合わせて隣を買い足し、二階を継ぎ足していくのと、発想としては同じです。
そのミールも、1997年には補給船プログレスが手動ドッキングに失敗して船体に衝突し、モジュールの一つ(スペクトル)を破損させて内部の空気を失う事故を起こしました。宇宙初の「重機接触事故」です。狭い現場で大きな機体を寄せる作業は、地上のクレーンやダンプの取り回しと同じで、ほんのわずかな読み違いが重大事故につながる。ミールが身をもって実証したこのモジュール増築という方法論——設計上の到達点と、運用上の危うさの両方——の上に、やがて人類史上最大の建設プロジェクトが立ち上がることになります。
ミールが残したもう一つの財産は、「長く住み続ける」という経験そのものでした。人が交代で滞在し続けた延べ時間は膨大で、機器は次々と故障しては修理され、配線は継ぎ足され、内部はいつしか増改築を重ねた古い町工場のような様相を呈していきました。設計図どおりの美しさよりも、住み続けるために現場で工夫を重ねた痕跡が積もっていく——これは、代替わりしながら手を入れ続けてきた地上の建物や、幾度も改修を経た古い現場事務所を知る人には、どこか懐かしい光景でもあります。宇宙ステーションもまた、竣工した瞬間が完成なのではなく、住み続けることそのものが建築を続ける行為だったのです。

国際宇宙ステーション(ISS)。1998年、ロシアのザーリャ・モジュールの打上げに始まり、2011年に主要部の組立が完了するまで、実に13年を要した超長期プロジェクトです。質量は約420トン、骨組みであるトラスの全長は109m、総費用はおよそ15兆円——単一の構造物として、人類史上最も高額な建造物です(この「人類最高額の建物」という位置づけは、本連載の人類史編でも触れました)。サッカー場ほどの広がりを持つこの構造物が、いまも私たちの頭上、およそ400km上空を回り続けています。
そしてこの外伝の視点から見れば、ISSは比喩ではなく、紛れもない「建設現場」でした。まず、部材は現地で作れません。だから15か国の工場で分担製造したモジュールを、究極のプレハブ部材として一つずつ打ち上げ、40回を超えるフライトで軌道まで運び、その場でボルトと配管をつなぐように接合していったのです。これは、地上の建物を工場で分割生産し、現場ではひたすら組み立てるだけにするプレキャスト工法・モジュール工法の、極限版にほかなりません。輸送費が桁違いに高い宇宙では、現場作業を減らすために「できるだけ地上で作り込んでおく」ことが、他のどこよりも切実な要請になります。
この巨大現場でタワークレーンの役割を果たしたのが、カナダが開発したロボットアーム「カナダアーム2」です。全長十数メートルのこのアームは、単に物を吊るだけではありません。両端のどちらでもステーション表面の取付具を掴めるようになっていて、自らの手で手すりを掴み替えながら、尺取り虫のように機体の上を移動して作業位置を変えられます。据え付けた場所から動けない地上のタワークレーンと違い、現場そのものを歩いて渡り歩く——史上初の「自走式クレーン」でした。無人の遠隔操作でモジュールを掴み、所定の位置へ寄せて据える、いわば軌道上の玉掛け・据付を一手に引き受けた立役者です。
そして、高所作業を担ったのは宇宙飛行士たちでした。組立と保守のための船外活動は、ISS全体で延べ200回を超えます。真空、強烈な日射と極低温、そして一つのミスが即座に生命に直結する環境の中で、彼らは工具を握り、部材をつなぎ、断熱材を張り、故障箇所を直しました。時速2万8千kmで飛ぶ鉄骨の上に立つ——彼らは文字どおり、宇宙のとび職だったのです。命綱の意味も、足場の意味も、地上とは比べものにならないほど重い。それでも、やっていることの本質は、高い所で構造物を組み、締め、直すという、建設現場の最も古い仕事そのものでした。
この現場が地上と決定的に違ったのは、施工管理の難しさです。15か国が別々に設計・製造した部材を、一度も地上で仮組みできないまま、ぶっつけ本番で軌道上で結合していく。寸法も規格も国ごとに異なる部材が、初めて宇宙で顔を合わせて、ぴたりとつながらねばならないのです。設計・製造・輸送・組立が国境をまたいで分断されるなか、それでも全体が一つの構造物として成立するように、膨大な事前検証と規格の擦り合わせが積み重ねられました。異なる会社・異なる職方が持ち寄った部材を、現場で一つにまとめ上げる——規模こそ桁違いですが、元請けが多くの協力会社を束ねて一棟を建てる、あの調整の仕事と、本質は少しも変わりません。
だからISSの組立は、モジュール工法・ロボット施工・極限環境下の高所作業という、地球の建設業がこれから向き合う未来の要素を、20世紀末から21世紀初頭にかけて、すべて先取りしてしまった巨大な実験だったと言えます。人手を減らし、工場生産を極限まで進め、危険な作業を機械に肩代わりさせる——人手不足に直面する日本の建設業がいま模索している方向を、ISSは軌道上で、極端な形で先に走ってみせたのです。
そしてISSは、建設のもう半分——維持と、そして解体——についても、いままさに教えつつあります。設計寿命を超えて運用され続ける船体には金属疲労が現れ、ロシア側モジュールに生じている微小な空気漏れは、長年の懸案として繰り返し報じられてきました。古い建物のどこかで、いつも小さな雨漏りを追いかけている——そんな保全の宿命が、軌道上でも同じように続いています。運用は2030年前後までとされ、その後は安全に軌道を離れさせる必要があります。NASAは2024年、ISSを制御しながら大気圏へ落とすための専用機の開発を、スペースXにおよそ8億ドルで発注しました。人類最高額の建物には、竣工から時を経て、人類初とも言える「軌道上の解体工事」の契約が、すでに結ばれているのです。建てる契約と壊す契約が、一つの構造物の生涯の中で対になっている——これほど純粋にライフサイクルを見せてくれる現場は、地上にもそう多くありません。
一方で、次の担い手も現れています。中国は2021年から22年にかけて、独自の宇宙ステーション「天宮」を、コア部と二つの実験モジュールのわずか3区画・約2年という短期間で組み上げました。本連載の中国編で見た、猛烈な速度で建て上げる「基建狂魔(インフラ建設の鬼)」の勢いは、地上だけでなく軌道上でも健在だったわけです。ISSが役目を終えた後の低軌道は、この天宮と、これから建つ民間ステーション群の時代へと移ろうとしています。国家が13年かけて建てた一等地を、次は複数のプレイヤーが、より速く、より安く建て替えていく——地上の再開発と同じ構図が、宇宙でも始まりかけています。
ここで、見落とされがちな事実から始めます。宇宙建設の第一の現場は、宇宙ではなく、いまも地上にあります。ロケットを打ち上げるための射場、機体を立てて組み上げる巨大な組立棟、飛行を見張る管制施設、部品を無塵環境で扱うクリーンルーム、遠く飛んだ機体を追う追跡局——これらはすべて、正真正銘のゼネコンの仕事です。人工衛星や探査機がどれだけ華やかでも、それを空へ送り出す土台は、鉄とコンクリートでできた地上の巨大建築なのです。宇宙開発の予算のかなりの部分が、実は地上のこうしたインフラの建設と維持に費やされています。
とりわけ発射台は、地上の建物の中でも特異な宿命を背負っています。ロケットが飛ぶたびに、直下の発射台は数千度の炎と凄まじい爆風にさらされ、金属は焼け、コンクリートはえぐられ、そのつど点検と補修が必要になります。射点とは、言ってみれば「毎回燃える建物」であり、世界で最も過酷な補修サイクルを持つ構造物です。竣工して終わり、ではなく、使うたびに壊れ、使うたびに直す。これもまた、宇宙建設が地上に突きつける「建てることと保つことの一体性」の、もう一つの顔です。
その巨大な地上構造物にも、地上ならではの問題がついて回ります。米国では、NASAの新型ロケット用の移動式発射台の建設を、建設大手のベクテルが受注しましたが、費用が当初見積もりの数倍にまで膨らみ、工期も遅れて、議会から厳しい批判を浴びました。本連載の米国編で見た「政府向けの巨大プロジェクトが、しばしば見積もりを大きく超過する」という根深い伝統は、宇宙時代の発射台建設においても、そっくりそのまま健在だったわけです。最新鋭のロケットを送り出す施設ですら、コスト超過という古典的な建設マネジメントの課題からは逃れられない。技術がどれほど進んでも、見積もりと工程管理という地味な仕事の重さは変わらない——これは、規模の大小を問わず、あらゆる請負仕事に通じる教訓だと思います。
対照的な動きもあります。テキサス州の南端、メキシコ湾に面したボカチカでは、スペースXが自前の射場を核とした企業の街「スターベース」を築き上げ、2025年にはついに正式な市(自治体)として市制まで敷きました。ロケットを組み、飛ばし、そこで働く人々が暮らす——建設と生産と生活が一体になった、企業がまるごと造った町です。これは決して新しい発想ではありません。かつて米国編で見た、フーバーダムの建設のために生まれた町ボルダーシティのように、巨大工事はしばしば、それ自体が一つの都市を生んできました。「建設企業の城下町」という20世紀の現象が、一世紀の時を経て、今度は宇宙企業の姿をとって再来したのです。町が仕事を生むのか、仕事が町を生むのか——建設という営みが、常に人の暮らしと不可分だったことを、スターベースは改めて思い出させてくれます。

その地上の土台の上で、2010年代に、宇宙建設の根本方程式——第1回で述べた「運ぶコストがすべてを支配する」という方程式——そのものを動かす革命が起きました。ロケットの再使用です。それまでロケットは、一度打ち上げれば海に捨てるか燃やすかの、いわば使い捨ての巨大な乗り物でした。何百億円もかけて造った機体を、一回で捨てる。それが宇宙輸送を高価なままにしていた最大の理由です。
スペースXのファルコン9は、この常識を崩しました。切り離した第1段のロケットを、逆噴射で減速させ、地上の着地点や、海上に浮かべた無人の着船台(ドローンシップ)に、垂直のまま着陸させて回収する。2015年に初めてこの垂直着陸を成功させて以降、回収した第1段を整備して再び飛ばすことが、次第に当たり前の運用になっていきました。使い捨てだった巨大部材を、旅客機のように何度も飛ばす——輸送業の常識が、根底から書き換わったのです。この結果、低軌道へ物を運ぶ単価は、かつてのスペースシャトル時代の1kgあたり5万ドル級から、3千ドル前後へと、文字どおり桁で下がりました。
さらにその先を狙うのが、開発中の超大型機スターシップです。150トン級という桁外れの搭載量と、第1段・第2段の両方を回収する完全再使用によって、1kgあたり数百ドル、そして将来的にはさらにその下を目標に掲げています。2024年には、着陸脚を持たない巨大な第1段ブースターを、発射塔から伸びた腕で空中で挟み込むようにして掴み取る、という常識外れの回収実験までやってのけ、以後も試験を積み重ねています。着陸させるのではなく、飛んで戻ってきた機体を建物側で受け止める——発射台と回収装置が一体になった、これもまた新しい「宇宙建設の地上設備」の姿です。
再使用が当たり前になると、ロケットは「作品」から「道具」へと性格を変えます。使い捨てを前提に一発の完璧さを追い求めていた頃は、機体は職人が丹精した一点ものでした。ところが何度も飛ばして回収し、整備してまた飛ばすとなると、大事なのは一発の華やかさではなく、点検のしやすさ、部品交換の速さ、そして次の飛行までの回転の速さになります。設計の重心が、性能そのものから「整備性・稼働率」へと移っていく。これは、重機や車両を長く使い倒す地上の会社が、購入時のカタログ性能よりも、直しやすさと段取りのよさで機械を選ぶのと、まったく同じ勘どころです。運搬具を使い捨てから使い回しへ変えるだけで、良し悪しの物差しそのものが入れ替わるのです。
この数字の変化が何を意味するのか。建設業の言葉に翻訳すると、驚くほど明瞭になります。資材の輸送費が100分の1になれば、設計思想が「軽さの追求」から「量と冗長性」へ転換する。運ぶのに莫大な金がかかる時代、宇宙の機器はとにかく軽く、無駄なく、一点一点を極限まで作り込むしかありませんでした。1グラムでも軽くするために、途方もない手間と費用をかける。まるで一品ものの工芸品です。ところが運賃が桁で下がると、話が逆になります。多少重くても、多少作りが粗くても、たくさん運んで、壊れたら替えればいい——「軽さ」より「量」で押す設計が、経済的に成り立つようになるのです。
その最初の実例が、スターリンクでした。かつて通信衛星は、一機ごとに何年もかけ、芸術品のように精緻に作り込む高価な存在でした。ところがスターリンクは、規格を統一した衛星を工場でどんどん量産し、それを数千機という単位で軌道にばら撒く。一機が壊れても全体は揺らがず、古くなれば新型に入れ替える。衛星は、一機ずつ手作りする荘厳な伽藍から、規格化されたプレハブ住宅へと変わったのです。これは、建設業がかつて経験した「一棟ずつの注文建築から、規格化された量産住宅へ」という転換と、驚くほど似た構図です。そして同じ論理が、これから軌道上の構造物そのものにも及んでいきます。輸送コストという一つの数字が変わるだけで、何を、どう作るべきかという発想の根っこが丸ごと入れ替わる——コスト構造の激変が業界の常識を書き換える、というのは、規模こそ違え、地上の建設業もいつか通る道かもしれません。
このコスト革命は、軌道という空間そのものの性格を、少しずつ「不動産」に変えつつあります。国家が莫大な費用をかけて建てる研究施設だった低軌道が、民間が採算の合う事業として建てて、貸し出せる場所になりはじめたのです。ISSの後継を狙って、アクシオム、ブルーオリジン陣営、ボイジャー陣営といった民間の連合が、それぞれ商業宇宙ステーションの開発を進めています。新興のヴァストは、まず単機のステーションを2026年に打ち上げることを目指しています。国家の研究拠点だった低軌道が、民間が建てて貸す「軌道のオフィスビル・ラボ賃貸業」になろうとしている——これは、本連載の欧州編で見た「自ら建てて、保有して、運営し、利用料で回収する」というコンセッション(運営権)型のビジネスモデルの、宇宙版の始まりだと言えます。造って売って終わりではなく、造ったものを持ち続けて稼ぐ。建設業と不動産業が地続きになる発想が、軌道にも現れてきました。
この転換の意味は、事業の時間軸が一気に伸びることにあります。国家が一度きりの巨大プロジェクトとして建てていた頃は、竣工がゴールでした。ところが民間が建てて貸すとなると、竣工はスタートに過ぎず、その後何年、何十年と貸し続け、直し続けて、ようやく投じた資金が返ってくる。だから設計の段階から「どれだけ長く、安く運営し続けられるか」が、事業の成否を分けるようになります。初期費用の安さではなく、生涯にわたる運営費の低さで勝負が決まる——保有して稼ぐ商売に変わった瞬間、見るべき数字が初期の建設費から生涯コストへ移るのは、地上の賃貸不動産でもコンセッション事業でも、変わらない道理です。
建てて貸すビジネスが芽生えれば、当然、それを「直す」ビジネスも必要になります。宇宙のメンテナンス業も、この時期に産声を上げました。2020年、ノースロップ・グラマンの延命機MEV-1が、燃料が尽きかけて役目を終えようとしていた通信衛星に、世界で初めてドッキングし、自らのエンジンで姿勢と軌道を保って、その衛星の寿命を延ばすことに成功しました。壊れて捨てるしかなかった軌道上の機器を、出向いて手当てして延命する——軌道上サービスという、まったく新しい市場が開いた瞬間です。地上でいえば、建物の設備を丸ごと更新する代わりに、専門業者が出張して延命リフォームを施すのに近い仕事が、宇宙にも生まれたのです。
日本発の動きもあります。宇宙ごみ(デブリ)除去を掲げるアストロスケールは2024年、軌道上を漂流していた日本のロケットの使用済み上段に、数十メートルの至近距離まで接近し、間近から観測してみせる、世界初のデブリ近傍実証をやってのけました。漂う残骸に、そっと寄り添って状態を確かめる——将来の「宇宙の後始末業」に向けた、最初の一歩です。造る技術だけでなく、始末する技術で世界に先んじようとする挑戦に、日本の会社が名を連ねているのは、心強いことだと私は感じます。
「軌道上で作る」動きも動きはじめています。宇宙空間での3Dプリントは2014年からISS上で実際に稼働しており、微小重力ならではの製造もテーマになってきました。2024年には、無重力の環境で医薬品の結晶を作った小さなカプセルが地上に無事帰還し、「軌道上製造業」の記念すべき第一号となっています。地上では重力に邪魔されてうまく育たない結晶や材料を、宇宙の無重力で作る——工場を軌道に持つ、という発想が、実証の段階に入りつつあるのです。
もっとも、現実はそう甘くありません。NASAが進めていた軌道上での組立・製造の実証ミッションは、2024年、費用の膨張を理由に中止されました。壮大な構想が、地上と同じ「コスト超過」の壁にぶつかって頓挫する——宇宙の「建設・製造・保守業」は、まだ期待と挫折のあいだを行き来しながら、採算の合う市場を手探りしている、ごく初期の段階にあります。派手なニュースの陰で、多くの計画が静かに見直され、あるいは消えていく。その現実まで含めて冷静に見ることが、この分野を語るうえでは欠かせません。うまくいった話だけを追いかけないというのは、新規事業を見るときの、地上でも変わらない鉄則です。
それでも、大きな方向は定まったと私は見ています。低軌道は、「打ち上げて使い捨てる場所」から、「建て、貸し、直し、畳む場所」——つまり、建設業と不動産業の言葉で語られる空間へと、確かに変わりつつあります。ただし、忘れてはならない影があります。デブリです。地上から追跡できている10cm超の物体だけで3万個以上、追いきれない微細な破片は1億個を超えるとされ、それらが猛烈な速度で軌道を回っています。破片が衛星に当たって新たな破片を生み、それがまた別の衛星に当たる——連鎖的に衝突が広がって、いずれ軌道が使えなくなるという「ケスラー・シンドローム」のリスクが、この生まれたばかりの不動産市場全体の上に、暗く垂れ込めているのです。
人類は地上で、造ることに熱中するあまり、維持と後始末を後回しにする失敗を、幾度となく繰り返してきました。本連載の人類史編で見てきたとおりです。老朽インフラも、放置された廃棄物も、根は同じ「造りっぱなし」から来ています。軌道は、その苦い教訓を、今度こそ最初から適用できるかどうかを試される、人類にとっての新しい試験場です。まっさらな一等地に街を築くとき、下水と廃棄物の計画を後回しにしない——地上の再開発でも軌道でも、問われているのは同じ規律だと思います。

①建てることと保つことの境目がない——それが極限環境の建設。スカイラブは竣工前に補修から始まり、ISSには運用開始から時を経て解体の契約まで結ばれました。建てる・使う・直す・畳むを一つのライフサイクルとして最初から考える発想を、宇宙が最も純粋な形で教えてくれます。町場の現場でも、造ったものを誰がどう保ち、いつどう仕舞うかまで見通せる会社は、施主からの信頼が違います。
②輸送費が桁で下がると、設計思想が根本から変わる。「軽く、一品で、作り込む」から「量産して、量と冗長性で押す」へ。ファルコン9とスターリンクが示したように、コスト構造の激変は、何をどう作るべきかという業界の常識を丸ごと書き換えます。自分たちの仕事のコストの「効き所」がどこにあるか——そこが動いたとき、常識も一緒に動くと心得ておくことです。
③新市場の影には、例外なく「後始末」の問題がある。デブリ3万個は、造ることに熱中して維持と後始末を後回しにしてきた結果そのものです。軌道を不動産にする新事業も、その影から逃れられません。参入するなら、後始末までが商売——これは宇宙に限らず、あらゆる建設の仕事に共通する構えだと思います。
次回(3)は、いよいよ月です。月の土であるレゴリスを使う建設学、水と光をめぐる月面の「一等地」争い、そして人類の月面最初の恒久住居が、じつは洞窟になりそうだという——40万年の時をこえて物語が円環を描く話を、お届けします。
株式会社コンクルー 代表取締役 白澤光純
※本編は外伝として、事実(2025年まで)と見通し(2026年以降)を扱います。数値は概数です。