月の土は空気と燃料と建材を兼ね、水と光の「一等地」は南極に限られ、最初の恒久住居は洞窟になりそうだ——レゴリスの建設学と、成瀬ダムの無人施工が月につながる日本の伏線。外伝・宇宙建設の第3回です。
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外伝「宇宙建設」の第3回は、月です。なぜ月が「次の建設現場」なのか。月の土は何でできていて、何が建てられるのか。そして、人類の月面最初の恒久住居が「洞窟」になりそうだという話——40万年前にブリュニケルの洞窟で始まった「建てるヒト」の物語(人類史編)が、美しい円環を描きます。地上の建設で培われた知恵が月でどう効き、月のために生まれる技術がどう地上へ還ってくるのか。その往復を意識しながら読んでいただけると、この回は単なる宇宙の話では終わらないはずです。


月が「次の建設現場」に選ばれた理由は、突き詰めれば距離と資源の二つに集約されます。まず距離。地球から3日で着けて、電波の往復による通信遅延は2.5秒——これは、地上のオペレーターが画面を見ながら月面の重機をほぼリアルタイムで操る、遠隔操作が成立するギリギリの近さです。この2.5秒という数字は地味ですが、決定的です。次回扱う火星では通信の往復に十数分から数十分かかり、遠隔操作はほとんど効かなくなる。人がそばで作業できない宇宙の現場では、「地球から直接動かせるか、それとも機械の自律判断に委ねるしかないか」の分かれ目が、この遅延時間で決まります。月はまだ、地球の手が届く距離にある。だからこそ最初の一歩に選ばれました。
そして資源です。2009年、NASAの衝突実験LCROSSが、探査機をわざと月の南極域の永久影クレーターに突っ込ませ、舞い上がった噴出物を分析して、そこに水の氷が存在することを確認しました。永久影クレーターとは、月の自転軸がほとんど傾いていないために太陽光が一度も差し込まず、氷点をはるかに下回る極低温が保たれ続ける、クレーターの底の窪みのことです。数十億年ものあいだ、彗星や隕石が運んできた水が、そこに冷凍保存されてきた。水は、飲料になり、電気分解すれば呼吸する酸素になり、そして水素と酸素に分ければそのままロケット燃料になります。月で燃料を補給できるということは、月が地球から火星へ向かう船の「給油所」になり得るということでもあります。
資源は水だけではありません。レゴリスそのものが資源です。月面を厚く覆うこの砂は、大気のない月に降り注ぐ隕石の衝突で岩石が砕け続けてできた、ガラス質を含む微細な粉で、その質量の4割以上が酸素です——ただし呼吸できる形ではなく、酸化物として岩の中に固く結びついた酸素です。取り出すには手間もエネルギーもかかりますが、原理的にはこの砂から酸素を絞り出せる。さらにシリコン、アルミ、チタン、鉄を含みます。つまり月の土は、呼吸する空気の元と、燃料の半分と、建材の原料を、一つの砂の中に兼ね備えている。地球から一切運ばずに、足元の土だけで空気と燃料と壁をまかなえる可能性がある——これが月面建設の出発点です。
この「土から酸素を取り出す」という発想は、いかにも突飛に聞こえますが、原理は地上の製錬とそう変わりません。金属を含む鉱石を高温で処理し、酸素を切り離して金属を得るのは、地球の製鉄所が毎日やっていることです。月では、その副産物である酸素のほうが主役になる——鉄が欲しいのではなく、呼吸する空気と、レゴリスを固める熱に耐える構造材が欲しい。同じ化学反応でも、地球と月では欲しいものの優先順位が逆転するのが面白いところです。焼結にしても、砂に熱を加えて粒どうしを溶かしくっつけるという工程は、陶芸で粘土を窯で焼き締める営みと、本質は地続きです。人類が1万年前に土を焼いて器と煉瓦を作ったその延長線上に、月の砂を焼いてブロックを作る技術がある。新しく見える宇宙建設の要素技術の多くは、たどれば、私たちが地上で長く積み上げてきた「土と火と熱」の知恵に行き着きます。
ここから、宇宙建設の中心概念ISRU(In-Situ Resource Utilization=現地資源利用)が立ち上がります。ロケットで物を宇宙へ運ぶには1kgあたり途方もない費用がかかり、再使用ロケットの登場で下がりつつあるとはいえ、地球から資材をまるごと運んで月で組み立てるのは経済的にほぼ成立しません。だから「現地の材料で建てる」以外に道がない。そしてこの連載を読んできた方は、これが少しも新しい思想ではないことに気づくはずです。人類は1万年前のイェリコで足元の土を型に入れて日干し煉瓦を作り、以来ずっと、その土地で採れる材料で建ててきました(人類史編)。石が採れる土地は石で、木が豊かな土地は木で、粘土しかない土地は煉瓦で。輸送費が支配する世界では、地産地消が建設の第一原理になる——月は、その最も古い原理が、最先端の技術によって最も純粋に成立する場所です。
具体的な工法も、すでに出揃いつつあります。第一に、レゴリスをマイクロ波やレーザーや集光太陽炉で焼き固める焼結。砂に熱を加えて粒どうしを溶着させ、煉瓦やブロックに変える方法で、結合材すら要らないのが利点です。第二に、硫黄やジオポリマーを結合材にする「月コンクリート」。地上のコンクリートは水とセメントで砂利を固めますが、月では水を使わない配合が主流です。水はあまりに貴重で、建材に混ぜて固めてしまうには惜しすぎるからです。第三に、レゴリスを原料にした3Dプリンティング。ノズルから材料を積み上げて型枠なしに構造物を造形する技術で、月面建設の本命と目されています。欧州宇宙機関は2013年に建築家フォスターと組んで、レゴリスを3Dプリントしてドーム状の外殻を造り、その厚みで放射線と隕石を遮り、中を気密の居住空間にする月面3Dプリント居住区の構想を示しました。NASAは2015年から居住区3Dプリントの国際コンペを重ね、2022年には米国の3Dプリント住宅企業ICONに、月面での着陸パッド・道路・構造物の建設技術開発を約57億円で発注しました。テキサスで実際に住宅を印刷している会社が、そのまま月の施工技術を開発している——地上と宇宙の建設は、もう地続きなのです。日本の町場でこの技術がすぐ役立つわけではありませんが、「その土地の材料で、運ぶ量を最小にして建てる」という発想は、資材が高騰し輸送費がかさむ地上の現場にも、静かに効いてくる考え方です。
この地続きは、一方通行ではありません。月のために磨かれる技術は、いずれ地上へ還ってきます。かつてアポロ計画のために開発された技術が、断熱材や小型の電子機器となって私たちの暮らしに広がっていったように、月のためのレゴリス建材研究は、現場の土や解体で出た廃材をその場で建材に変える地上の資源循環技術と、根を同じくしています。建設資材の輸送は、費用の面でもCO2排出の面でも、工事の大きな部分を占めます。だから「運ぶ量を最小にする」という月の大原則は、脱炭素が問われる地上の建設にとっても、そのまま未来の設計思想になり得る。月は、地球の外という究極の制約の中で建てる技術を磨く場所であると同時に、地球の上で持続可能に建てる技術を先取りして試す、壮大な実験場でもあるのです。宇宙建設は「地球を捨てて外へ逃げる」話ではなく、地上と宇宙が技術をやり取りしながら共に進む、往復の関係にあります。
どんな一等地にも敷地の難点があるように、月面の敵も、はっきりしています。第一に粉塵です。アポロの宇宙飛行士たちが身をもって教えたレゴリスの凶暴さ(第1回)——大気も水もない月では、砂の粒が風化して丸くなることがなく、割れたガラスの破片のように鋭いまま、静電気を帯びて宇宙服や機器の隙間にびっしり食い込む——への答えは、まず「舞い上がらせない」ことです。着陸パッドの建設が月面工事の最優先項目とされるのはこのためで、着陸船のエンジン噴射が地面の砂礫を猛烈な速さで巻き上げれば、それは周囲の機器を撃ち抜く散弾になります。だからまず、平らで固い離着陸場を先に造る。基地の建物より前に、まず「地面を舗装する」ことから月の工事は始まるのです。順番が地上の造成と同じなのが、かえって示唆的です。
第二に月震です。かつて「月は死んだ静かな星」と思われていましたが、アポロの宇宙飛行士が月面に設置してきた地震計は、マグニチュード5級に達する浅発月震を記録しました。しかも月には、地震の揺れを吸収して減衰させる水分や、締まった土壌構造が乏しいため、いったん揺れ始めると、鐘を打ったように長く長く振動が続きます。地上の地震が数十秒でおさまるのに対し、月の揺れは十分以上続くこともある。つまり月面基地には、しっかりした耐震設計が要ります。日本編で描いた、地震列島が世紀をかけて磨いてきた耐震工学の系譜は、思いがけず月で続編を持つことになります。地震国で鍛えられた技術が、地球の外で価値を持つ——これは日本の建設業にとって、密かな含みのある話です。
第三に、放射線と温度と、そして14日の夜です。月には磁場も分厚い大気もないため、宇宙放射線や太陽からの荷電粒子が遮るものなく地表に降り注ぎます。昼と夜の温度差は数百度に及び、しかも月の一日は地球の約1か月——およそ14日間の昼が続いたあと、およそ14日間の夜が来ます。太陽電池に頼る基地にとって、この2週間の闇と極寒をどう越すかは死活問題です。これらすべてに一度に答えを出す最有力の解が、人工の建物ではなく、天然のシェルター——溶岩チューブでした。
この三つの敵を並べてみると、月面の「敷地選び」が、地上の造成とは別の物差しで動いていることが見えてきます。地上では日当たり・接道・地盤・水はけを見ますが、月では、放射線から守ってくれる岩盤があるか、着陸のときに砂を撒き散らさない固い地面が近いか、そして14日の夜を越すだけの電力を得られる日照や熱源が近いか——評価軸そのものが入れ替わる。同じ「良い土地とは何か」という問いでも、環境が変われば答えは一変します。それでも、限られた条件の中で最良の一角を見抜くという行為の本質は、地上の目利きと少しも変わりません。厳しい敷地ほど、経験に裏打ちされた読みが効くのは、地球でも月でも同じです。

日本の月探査機かぐやの観測をきっかけに、月の表側にあるマリウス丘の地下に、幅百m級・延長数十kmに及ぶ無傷の溶岩トンネルが存在する証拠が確認されました。溶岩チューブとは、かつて月が火山活動で熱かった時代に、溶岩が地下を川のように流れ、表面が先に固まって管になり、中身が流れ去ったあとに残った空洞のことです。地表にぽっかり開いた「縦孔」——溶岩トンネルの天井が崩れてできた天窓——から、その存在がうかがえます。内部は昼夜を通じて温度が安定し、数十mの岩盤が放射線と隕石を自然に遮ってくれる。人工のドームを苦労して造り、分厚い壁で守るより、はじめから守られている穴に住むほうが、はるかに賢い。つまり、月における人類最初の恒久住居は、洞窟になる可能性が高いのです。
ここで、この連載の長い伏線が回収されます。40万年前、建てるヒトの物語は、フランスのブリュニケルの洞窟で、ネアンデルタール人が鍾乳石を折って円環状に積み上げた構造物から始まりました(人類史編)。人類が最初に手を加えた「建築」は、天然の洞窟の中にありました。そして地球の外へ出た人類が、まず身を寄せるのもまた洞窟になる——建設史は、40万年をかけて大きな円環を描きます。掘って住む、守られた穴に住むという最も原初的な選択が、最先端の宇宙開拓で再び最適解として立ち現れる。技術がどれほど進んでも、「厳しい環境では、まず自然の遮蔽に身を寄せる」という知恵は古びない、ということかもしれません。
もっとも、天然の穴に住むといっても、そのまま入居できるわけではありません。天井が崩れないか支保工で補強し、内部を気密の膜や構造物で仕切り、空気を保つ気圧容器に仕立てる——洞窟を居住空間に変える工事そのものは、地上の山岳トンネル工事と驚くほど近い技術を必要とします。硬い岩盤を刳り抜き、崩落を抑えながら内部を整える。日本の建設業が長いトンネル工事の歴史で蓄えてきた掘削と支保の技術は、月の地下を住処に変える局面で、思いのほか直接に効いてくるかもしれません。「建てる」だけでなく「掘って住む」もまた、人類最古の建設のかたちであり、その最も原初的な選択が、最先端の宇宙開拓で最適解として蘇るのは、なんとも味わい深いことです。
電力は、月建設の生命線です。14日の夜を越え、レゴリスを焼き固め、氷を電気分解する——そのすべてが電気を食います。答えは大きく二つ。一つは、南極のクレーター縁にある「ほぼ永遠の光の峰」を押さえること。月の自転軸がほとんど傾いていないおかげで、南極付近の高い尾根には、一年の8〜9割にわたって陽が当たり続ける場所があります。そこに太陽電池を立てれば、14日の夜にほとんど悩まされずに済む。もう一つは、原子炉を持ち込むこと。NASAは夜も天候も選ばない月面用の小型核分裂電源の開発を進めており、中国とロシアも同様の計画を掲げています。ここで気づくべきは、水の氷がある永久影クレーターの底と、安定した電力が得られる日照の尾根が揃う月南極の「一等地」が、物理的にごく限られた狭い範囲にしかない、ということです。月にもまた、立地の希少性——つまり不動産の論理——が存在する。誰がその一等地を先に押さえるか。これが、この外伝の最終回の主題へとつながっていきます。
興味深いのは、月の土地は法的には誰のものでもない、とされていることです。国家が主権を主張して所有することはできない、という国際的な取り決めが古くからある。にもかかわらず、水と光の揃う南極の一角に、各国と各社が着陸精度を競い、拠点計画を掲げて集まってくる。所有はできないが、先に着いて使い始めた者が、事実上そこを押さえる——この「早い者勝ちの含み」こそが、月をめぐる静かな競争の正体です。良い立地の希少性が、法制度が追いつく前に、人と資本を引き寄せる。この構図は、都市開発の黎明期や、鉄道が敷かれる前の土地取得の歴史を思い起こさせます。値打ちのある土地は、ルールが固まるより先に動く者の手に渡っていく。地上の不動産の歴史が幾度も見てきたこの力学が、38万km離れた月でも、同じ顔で立ち現れようとしています。
プレイヤーは、すでに出揃いつつあります。米国のアルテミス計画は、今年のアルテミスIIによる有人月周回の成功を受けて、2020年代末の有人月面着陸と、月面に恒久拠点を築く「アルテミス・ベースキャンプ」構想へと進もうとしています。一方、中国は2030年前後の有人着陸と、ロシアと組む国際月面研究ステーション(ILRS)を掲げ、独自のロードマップを走らせています。20世紀の米ソ宇宙開発競争を思わせる二極構造が、月の南極という一等地をめぐって、再び形をとりつつあります。
無人機による着陸そのものは、すでに混み合い始めました。中国の嫦娥は、地球からは決して見えない月の裏側からのサンプルリターン(2024年)という難事業まで到達しました。インドは2023年に南極域への着陸に成功し、日本のSLIMは2024年に、狙った地点から誤差100m級という「ピンポイント着陸」を実証しました。従来の月着陸が数kmの誤差を許容してきたことを思えば、これは桁違いの精度で、限られた一等地に正確に降りるための重要な布石です。同じ2024年には米国の民間企業が、国家機関ではなく一企業として初めて月面への軟着陸を果たしました——着地後に機体は横転しましたが、それでも民間が月に降りた事実は残りました。一方で、日本のispaceは2023年と2025年の二度、月着陸に挑み、二度とも最終降下の局面で機体を失っています。あと数kmまで来て、静かに消息を絶つ。月面は、成功と失敗が紙一重で同居する、まさに開拓期の現場そのものです。誰も失敗を織り込みずみで、それでも次の一手を打ち続けている。新しい市場が立ち上がるときの、あの独特の空気がそこにあります。
そして、この開拓期がなぜ「いま」始まったのかを考えると、根っこには打ち上げコストの低下があります。ロケットで物を宇宙へ運ぶ費用は長らく法外で、月に何かを建てるなど夢物語でした。ところが、一度使ったロケットを回収して再び飛ばす再使用ロケットが実用化され、1kgを軌道へ運ぶ単価が桁で下がり始めた。すると、国家だけでなく民間企業が月を目指せるようになり、着陸に挑む主体の数が一気に増えました。ispaceのような一企業が独力で月着陸に挑戦できる時代は、20年前には想像しにくいものでした。コストの壁が下がったとたんに、堰を切ったように挑戦者が現れる——これは建設業に限らず、あらゆる産業の開拓期に共通する光景です。値段が変われば、できることが変わり、できることが変われば、集まる人が変わる。月をめぐる今日の賑わいは、突き詰めれば一本のコスト曲線が引き起こしたものだと言えます。
そして日本には、特筆すべき伏線があります。日本編で描いた、秋田・成瀬ダムの無人重機群による自動化施工——ダンプもブルドーザーも運転席が無人のまま、互いに位置を通信し合いながら自律的に土を運び、締め固める、あの技術です。鹿島はJAXAと組み、まさにこの技術体系を月面建設に応用する研究を、10年近く続けてきました。人が現場に立てない月では、機械が人の到着前に自律的に建て終えていなければなりません。地球で最も人手不足に苦しむ建設業界が、その苦しさゆえに磨いてきた自律施工が、月の無人建設の有力な解になる。皮肉であり、同時に希望でもあります。地上の人手不足という切実な事情が、宇宙という究極の無人現場への切符になっているのです。
さらに時代を遡れば、日本のゼネコンには、もっと大胆な前史があります。バブル期の1980〜90年代、清水建設は宇宙ホテルや月面基地の構想を、大林組は宇宙エレベーターの構想を(大林組は後の2012年に「2050年建設」という具体的な目標年まで掲げた構想を発表しています)、清水建設は月の赤道をぐるりと太陽電池の帯で囲む「ルナリング」を——いずれも大真面目に発表し、世界を驚かせました。当時、これらは好景気に浮かれた夢物語、バブルの徒花と笑われもしました。ところが30年を経て、それらの構想は、各国宇宙機関の公式ロードマップと部分的に重なり始めています。夢を先に描いた者は、実需の時代が来たときに、技術検討の貯金を持っている。早すぎた構想は、無駄になるとは限らない——バブルの徒花と呼ばれた宇宙構想は、日本建設業の隠れた資産になるかもしれません。町場の経営者にとっても、目先の役に立たない「早すぎる挑戦」を、どこまで会社の記憶に残しておくか、という問いは他人事ではないはずです。
こうして月を眺めていると、建設という仕事が、規模も舞台も変わりながら、根っこでは同じことを続けているのが見えてきます。40万年前の洞窟から、1万年前の日干し煉瓦、地震国の耐震工学、無人重機のダム、そして月面の焼結ブロックまで——建てることは、いつでも「その場の制約の中で、材料と人の知恵を寄せ集めて、住まう場所を立ち上げる」営みでした。舞台が月に移っても、その本質は少しも変わっていません。だからこそ、宇宙建設の話は、遠い星の別世界の出来事ではなく、地上の小さな現場と一本の線でつながった、建設という仕事の最前線として読むことができます。人が減り、制約が厳しくなる時代に、私たちの仕事がどこへ向かうのか。その方向を、月という極限が、少しだけ先回りして映し出してくれています。

①地産地消は、建設の第一原理である。イェリコの日干し煉瓦から月のレゴリス焼結まで、輸送費が高い世界では足元の材料で建てるのが正解です。運ぶコストが法外な月では、それが選択肢ではなく前提になる。資材が高騰し輸送費のかさむ地球でも、地場材・再生材の価値は、まったく同じ理屈で上がっていきます。②「一等地」は宇宙にもある。水と光が揃う月南極は、物理的にごく狭い範囲にしか存在しません。どこが良い土地かを見抜く立地の目利き——不動産の技能は、月でも通用します。③夢の構想は、技術の貯金になる。バブル期の月面基地構想が30年後に各国の公式ロードマップと重なったように、「早すぎる構想」は無駄になるとは限りません。いつか実需が来たとき、先に夢を描いた者だけが、動き出せる準備を持っています。逆に言えば、目先の損得だけで挑戦の芽を摘み続けた組織には、いざという時に取り出せる貯金が残りません。何を無駄と見なし、何を種として抱えておくか——その判断こそが、時間差で効いてくる経営の妙味なのだと思います。
次回(4)は、火星とその先。「人が着く前に、機械が建て終えていなければならない」完全自律建設、早すぎた小惑星ゴールドラッシュ、そして半世紀待機中の宇宙太陽光発電の話です。
株式会社コンクルー 代表取締役 白澤光純
※本編は外伝として、事実(2025年まで)と見通し(2026年以降)を扱います。