台風で足場が倒れ、隣の家を壊してしまった――その賠償は工事を請け負った側が負うのでしょうか、それとも施主?「台風だから仕方ない」は通るのか。民法の工作物責任をふまえ、責任の分かれ目と事故直後の対応、保険の考え方、台風前の備えまでを、工事を請け負う側の目線でやさしく整理します。
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【今回のケース】外壁塗装業・従業員6名の会社
「先日、住宅の外壁塗装の現場で足場を組んで作業をしていたのですが、夜のうちに台風が来て、翌朝見に行ったら足場が傾いて倒れ、お隣さんのカーポートの屋根を壊してしまっていました。幸いけが人はいませんでしたが、お隣さんは当然カンカンです。これは台風のせいなので、うちが弁償しないといけないのでしょうか。それとも、工事を頼んできた施主さんや、足場を組んでくれた足場屋さんの責任になるのでしょうか。頭が真っ白で、どう動けばいいのかもわかりません。」
※この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の案件についての法的助言ではありません。実際の取り扱いは契約内容や状況によって変わります。判断に迷うときや相手方と争いになりそうなときは、弁護士などの専門家にご相談ください。
台風一過の朝、傾いた足場と壊れたカーポートを目にしたときの、あの血の気が引く感じ。想像しただけで胸がつぶれそうになりますよね。しかもお隣さんとの関係もあって、「早く何とかしなきゃ」と焦る一方で、「そもそもこれ、うちが全部かぶるべきなの?」という疑問も当然わいてきます。結論から先にお伝えすると、足場が倒れて隣の家を壊した場合、その賠償は原則として工事を請け負った側(今回でいえば塗装業者や足場業者)が負うことになります。ただし、「台風だから仕方ない」で済むかどうかは、事前にどれだけ備えていたかで大きく変わります。この記事では、なぜ工事側が責任を負うのかという法律の根拠から、施主さんの立場、「台風のせい」がどこまで通るのか、事故直後にやるべきこと、保険の使いどころ、そして次に同じ思いをしないための台風前の備えまで、順番に整理していきます。
いちばん気になっているところにお答えします。あなたが組んだ足場が倒れて隣の家のカーポートを壊してしまったなら、その修理代などの賠償は、原則として工事を請け負った側、つまり足場を使って作業していた塗装業者や、足場を組んだ足場業者が負うことになります。「頼んできたのは施主さんなのだから、施主さんが払うのでは?」と思われるかもしれませんが、法律の考え方はそうではありません。工事を任された側が、その工事に使う足場をきちんと安全に保つ責任を負っている、というのが基本の立て付けです。
そしてもう一つ、多くの社長さんが期待してしまうのが「相手は台風なんだから、不可抗力で誰も悪くないのでは」という理屈です。気持ちはとてもよくわかります。ただ、あとで詳しく見るように、日本のように毎年台風が来る場所では、「台風が来ること」そのものは想定の範囲内とみなされやすく、"仕方ない"では片づけてもらえないことが多いのです。むしろ問われるのは、「台風が来るとわかっていて、倒れないための手当てをしていたか」という点です。
とはいえ、これは「あなたが一方的にすべて悪い」という話ではありません。誰がどこまで負担するのかは、足場の組み方に問題があったのか、施主さんが無理な指示をしていなかったか、といった事情で変わります。まずは落ち着いて、責任の根拠と分かれ目を一つずつ見ていきましょう。
「原則は工事側」と言われても、根拠がわからないとお隣さんにも説明できませんし、自分自身も納得できませんよね。少し法律の話になりますが、ここを押さえておくと、これから先の判断がぐっと楽になります。足場の倒壊で他人の物を壊したときに出てくるのが、民法717条の「工作物責任」という考え方です。
民法717条は、土地の工作物(建物や、それに準じる構造物)の設置や保存に欠陥(瑕疵)があって他人に損害を与えたとき、まずその工作物を管理していた「占有者」が賠償責任を負う、と定めています。そして、占有者が損害を防ぐために必要な注意をしていたと認められる場合には、今度はその工作物の「所有者」が賠償しなければならない、とされています(出典:e-Gov法令検索・民法)。工事のために組まれた足場も、この「工作物」にあたると考えられています。
ここでのポイントは二つあります。一つは、足場を現場で使い管理していた側(占有者)が、まず前面に立つということ。今回でいえば、その現場で足場を使って作業していた塗装業者が、これにあたる可能性が高いです。もう一つ大事なのが、所有者の責任には「ちゃんと注意していました」という言い訳が効かない、という点です。占有者は必要な注意を尽くしていれば責任を免れられますが、所有者にはその逃げ道がなく、いわば落ち度がなくても責任を負う立場になります。足場がリース(貸し出し)で、その持ち主が足場業者だという場合には、足場業者が所有者として責任を問われることもあります。
なお、そもそも足場の組み方や管理に落ち度(過失)があれば、717条を持ち出すまでもなく、民法709条の一般的な不法行為責任(落ち度のあった人が損害を賠償する、というルール)でも同じ結論になります(出典:e-Gov法令検索・民法)。つまり被害者であるお隣さんから見れば、工事側に賠償を求める道はしっかり用意されている、ということです。
ここが今回いちばん知りたいところですよね。結論から言うと、「台風だから仕方ない(不可抗力だ)」という言い分は、対策を尽くしていた場合を除いて、通りにくいと考えておくのが安全です。理由は、717条でいう「瑕疵」の意味にあります。
瑕疵とは、その工作物が本来備えているべき安全性を欠いている状態のことです。足場でいえば、壁つなぎや控えが基準どおりに設けられ、台風が近づいたらメッシュシートをたたむといった手当てがされていれば、ふつうは強風でも簡単には倒れません。逆に言うと、そうした「当たり前の備え」を欠いた状態で倒れたのであれば、「足場の側に瑕疵があった」と判断されやすくなります。そして日本では台風は毎年やってきて、進路や接近の予報も前もって出ます。つまり「台風が来ること」自体は予見できた(想定できた)とみなされやすく、「まさか来るとは」という言い分は通りにくいのです。
では不可抗力が認められるのはどんなときかというと、基準どおりにしっかり備えていたにもかかわらず、それでもなお倒れてしまうような、記録的で想定を大きく超える暴風だった、というような場合に限られてきます。裁判でも、風速や立地、そして業者がどんな対策をとっていたかを総合して、瑕疵があったか・不可抗力だったかを判断する傾向があります。ですので「台風のせい」で丸ごと免れられるケースは、実際にはかなり限られると考えておいたほうがよいでしょう。裏を返せば、日ごろの備えが、いざというときにあなたを守る材料になるということでもあります。

実際の現場では、複数の会社がかかわっていることがほとんどです。誰がどこまで負うのか、代表的な関係を整理しておきましょう。
まず、被害者であるお隣さんに対して前面に立つのは、その現場で足場を使い管理していた側、つまり元請的な立場で工事を回していた塗装業者になることが多いです。お隣さんからすれば、「工事をやっていた会社」に賠償を求めるのが自然だからです。そのうえで、足場の組み方そのものに問題があった(壁つなぎが足りなかった、緊結が甘かったなど)場合には、足場を組んだ足場業者の責任が問われます。塗装業者がいったんお隣さんに賠償したとしても、原因が足場業者側にあるなら、その分を足場業者に求償する(あとで請求して精算する)ことができます。民法717条にも、損害の本当の原因が別にある場合の求償の仕組みが定められています。
気になる施主さん(工事を頼んだお客様)の責任ですが、こちらは原則として負いません。民法716条は、「注文者は、請負人がその仕事について第三者に加えた損害を賠償する責任を負わない」と定めています。ただし、注文のしかたや指図そのものに施主側の落ち度があったとき(たとえば、危険だとわかる無理な工程を強く指示していた等)は、例外的に責任を問われるとされています(出典:e-Gov法令検索・民法)。裏を返せば、ふつうに「外壁を塗ってください」と頼んだだけの施主さんに、お隣さんへの賠償を押しつけることはできない、ということです。ここを取り違えて施主さんに詰め寄ると、かえって信頼を失ってしまうので気をつけてください。
頭が真っ白になる場面ですが、動く順番さえ決めておけば、被害を広げず、あとの話し合いも落ち着いて進められます。大きく3つのステップで考えましょう。
何よりも先に、けが人がいないかの確認です。人がいれば救護が最優先。そのうえで、倒れた足場や飛びそうな資材で新たな事故が起きないよう、現場周辺を立入禁止にし、ぐらついた足場や外れかけた部材を安全な状態にします。強風がまだ続いているなら、無理にその場で足場に登って直そうとしないこと。台風などの悪天候のなかで高い場所の作業を続けるのは、労働安全衛生のルールでも避けるべきとされていますし、何より二次災害のもとです。まずは人の安全を確保し、落ち着いてから次に進みます。
安全が確保できたら、被害を受けたお隣さんのところへ、できるだけ早くお詫びに伺います。ここで大事なのは、「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」という気持ちは誠実に伝えつつ、金額や過失割合の話をその場で確約しないことです。「全部うちが弁償します」とその場で口約束してしまうと、あとで保険会社を交えた精算がしにくくなることがあります。誠意は態度で示し、具体的な賠償の話は「保険会社とも相談のうえ、あらためてきちんとご説明します」と伝えるのが安全です。あわせて、加入している保険会社(や保険代理店)、元請がいれば元請、そして施主さんにも、状況を早めに報告しておきましょう。
片づけたい気持ちをぐっとこらえて、片づける前に、倒れた足場や壊れたカーポートの状態を写真・動画でしっかり記録しておきます。全体が写る引きの写真と、壊れた部分の寄りの写真の両方があると安心です。あわせて、当日の風の強さ(気象情報)、台風の接近前にどんな対策をしていたか、いつ誰が点検したか、といったこともメモに残しておきましょう。これらは、あとで保険の請求をするときにも、責任の割合を話し合うときにも、あなたを守る材料になります。お隣さんとのやりとりも、日付とともに書き残しておくと安心です。

実際の賠償の場面で頼りになるのが保険です。ここは一般論としての整理になりますが、どの保険が今回のようなケースに効くのかを知っておくと、いざというときに慌てずにすみます。
他人(第三者)の物を壊したり、通行人にけがをさせたりしたときの賠償に備える保険が、請負業者賠償責任保険です。工事や作業の遂行にともなって発生した対物・対人の賠償責任をカバーするもので、今回のように「足場が倒れてお隣さんのカーポートを壊した」というケースは、まさにこの保険の出番です。建設や塗装の仕事をしているなら、まず入っておきたい保険の一つといえます。
ここで混同しやすいのが、工事保険(建設工事保険や組立保険など)との違いです。工事保険は、あくまで自分たちが手がけている工事の目的物や、現場の資材などが壊れたときに備えるための保険で、守る対象は基本的に「自分側の物」です。たとえば強風で建築中の建物や自社の資材が傷んだときには工事保険が、他人の家や車を壊したときには賠償責任保険が、それぞれ受け持ちます。守る相手が違うので、どちらか一方だけではカバーしきれないリスクが残る、と考えておくとよいでしょう。
ただし、保険は契約の内容しだいで、風災(台風・強風による損害)が対象か、下請の業者まで補償されるか、免責金額はいくらか、といった条件が変わってきます。「入っているから大丈夫」と思い込まず、自社の証券や約款を確認し、わからなければ保険代理店に、今回のようなケースが対象になるかを具体的に聞いてみてください。事故が起きてからではなく、台風シーズンの前に一度見ておくのがおすすめです。
ここまで読んで、「そもそも倒さないようにしたい」と強く思われたはずです。うれしいことに、足場の倒壊は、台風が来る前のひと手間でかなりの部分を防げます。しかもそのひと手間は、そのまま「うちはちゃんと備えていた」という証拠にもなり、万一のときにあなたを守ってくれます。
とくに外壁塗装の現場は、足場全体にメッシュシートを張るぶん風を受けやすく、台風には注意が必要です(外壁塗装やタイルの塗り替えそのものの進め方は、外壁のタイル塗装について解説した記事もあわせてどうぞ)。台風が近づいてきたら、次のような備えを一つずつ確認しておきましょう。
こうした風対策の考え方は、業界団体である一般社団法人仮設工業会が「風荷重に対する足場の安全技術指針」としてまとめています(出典:一般社団法人仮設工業会)。そして、点検した記録は残しておくことが大切です。「いつ・誰が・どこを確認し、どう直したか」を書き残しておけば、それがそのまま「きちんと備えていた」証拠になります。現場の安全書類(グリーンファイル)の整え方については、安全書類(グリーンファイル)の基本をまとめた記事も参考になりますので、あわせてご覧ください。
お金の問題が片づいても、そのあとに残るのが人間関係です。とくに個人宅の外壁塗装は、施主さんもお隣さんも、その土地でずっと暮らしていく人たち。ここでの振る舞いが、あなたの評判や次の紹介にもつながっていきます。
まず施主さんに対しては、隠さず、早めに、正直に伝えることが何より大切です。「お隣のカーポートを壊してしまったこと」「けが人はいないこと」「保険会社と相談しながら責任をもって対応すること」を、事実としてきちんと共有しましょう。施主さんは原則として賠償の責任を負う立場ではありませんが、自分の家の工事でご近所に迷惑がかかったとなれば、気を揉むのは当然です。だからこそ、「こちらで責任をもって対応します」とはっきり伝えることが、施主さんの安心につながります。
お隣さんに対しては、金額の交渉より先に、まず「人としての誠意」を見せることです。すぐに駆けつけてお詫びし、進み具合をこまめに報告する。それだけで、相手の受け取り方は大きく変わります。賠償の話は保険会社を交えて冷静に進めつつ、日々のやりとりはあなた自身が誠実に担う。この両輪で臨むのが、こじれさせないコツです。もし話がまとまらないときは、当事者だけで抱え込まず、保険会社の担当者や、必要に応じて建設分野の相談窓口・専門家の力を借りることも考えてください。
足場が倒れて隣の家を壊してしまう。考えたくもない出来事ですが、起きてしまったときに社長がどう動くかで、その後は大きく変わります。慌てて何もかも一人で背負い込む前に、まずは安全の確保と記録、そして保険会社への連絡から。そして落ち着いたら、次の台風に向けて足場の備えを見直しておく。それが、あなたとお客様、そしてご近所を守るいちばんの近道です。この「建設業のトラブル相談」では、こうした「誰に聞けばいいのかわからない」という現場のお悩みを、これからも一つずつ取り上げていきます。