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監督者:白澤光純
株式会社コンクルー 代表取締役CEO
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気候変動は建設業にとって規制であると同時に、21世紀最大の市場——緩和・適応・エネルギー転換の三方向から来る仕事と、データセンターという新しい主役、分断の時代に建設が再び外交の道具になる話。最終巻の第4回です。
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「建設の未来 2026-2075」の第4回です。気候変動は建設業にとって、規制であると同時に、おそらく21世紀最大の市場です。緩和・適応・エネルギー転換という三方向から来る仕事と、分断の時代に建設が再び外交の道具になる話——今回は、次の50年の「需要の地図」を描きます。地図と言っても、遠い国の話ではありません。堤防も、屋根の断熱も、変電所も、突きつめれば「誰が、どこで、何を建てるか」という問いの束であり、その一つひとつが、日本の町場(中小建設会社)の受注表に姿を変えて降りてきます。だからこの回は、未来予測であると同時に、極めて実務的な中期計画の下敷きのつもりで書きます。

気候変動という言葉を聞くと、多くの人はまず「規制が増えて、コストが上がる面倒ごと」を思い浮かべます。確かにその側面はあります。けれど建設業の目で見ると、気候は同時に、途方もない量の仕事を生み出す発注者でもあります。排出を減らすための工事、変わってしまった気候に耐えるための工事、そしてエネルギーそのものを作り替える工事——この三つは、性格も担い手も違いますが、どれも「これから数十年、途切れずに続く」という共通点を持ちます。順に見ていきます。
第一に、緩和——排出を減らす工事です。ここで先を走っているのが、欧州の「リノベーション・ウェーブ」(欧州編)です。EUは2030年から新築のゼロエミッション化を義務づけ、既存建物の断熱・電化改修を建設需要の中核に据えました。理屈は単純です。ヨーロッパの建物の多くは何十年も前に建てられ、暖房で大量のエネルギーを食っている。ならば新しく建てるより、今ある建物の壁と窓と暖房を替えるほうが、排出削減にも効くし、仕事の総量も大きい。人口が伸びず新築が細る先進国では、この「今あるものを直す」市場こそが、建設の主戦場に変わっていきます。私はこれを、建設業の重心が「新設」から「更新」へ静かに移る合図だと受け止めています。
改修が量の市場になるということは、仕事の中身も変わるということです。ゼロから建てる新築では、更地に図面どおり積み上げていけばよい。ところが改修では、今そこに人が住み、店が営まれている建物に手を入れる。壁を剥がしてみないと中がわからず、想定外の劣化が出てくる。工程は細かく、段取りは複雑で、大手の大規模施工には向かない一方、地元の事情と建物の癖を知る小回りの利く会社にこそ向いた仕事です。皮肉なことに、新築が縮む未来は、町場にとって一概に縮小の未来だとは限りません。むしろ「直す・変える・保つ」という得意分野が、市場の中心に迫り上がってくる未来だと、私は見ています。
この流れを後押しするのが、素材と制度の変化です。低炭素セメントや低炭素鋼、そして木を鉄やコンクリートの代わりに構造材として使う木造化——高層建築を木で建てる技術は、もはや実験ではなく現実の選択肢になりつつあります。木は育つ過程で二酸化炭素を吸って幹に貯め込むため、鉄やセメントより炭素の重みが軽い。かつて燃えやすさゆえに敬遠された木造が、脱炭素という新しい物差しのもとで再評価されているのは、価値観の物差しが変われば技術の順位も入れ替わるという、建設史の繰り返しの一例です。加えて、2026年に本格化するEUの炭素国境調整措置(CBAM)が、この地図を大きく描き替えます。CBAMは、鉄やセメントのように製造時に大量の二酸化炭素を出す品目に、国境で炭素の値札を貼る仕組みです。安いけれど排出の多い輸入建材には、その炭素分の課金が上乗せされる。これは要するに、「どこで作った建材か」がコストを左右する時代の到来であり、建材のサプライチェーン地図そのものが書き換わり始めるということです。日本の町場にとっても、使う建材の産地と炭素の重みが、いずれ見積書に効いてくる。今は縁遠く見えても、制度は静かに足元まで近づいてきます。
第二に、適応——変わってしまった気候に合わせて作り替える工事です。緩和が「これ以上悪くしない」ための工事だとすれば、適応は「もう変わってしまった現実に耐える」ための工事です。堤防・防潮堤・可動堰、都市の保水と遮熱、送配電網の強靭化、山火事地帯の建築基準、そして前回までに触れた計画的撤退——顔ぶれを並べると、いずれも派手さのない土木・建築です。テープカットの晴れやかさはありません。けれど、豪雨も熱波も山火事も年々激しくなり、被害額が膨らんでいくなかで、適応投資は先進国・途上国を問わず、恒常予算として腰を据えていきます。一度きりの復旧ではなく、毎年の予算に組み込まれる仕事へ。地味だからこそ、途切れない。
適応の工事には、前回までに触れた「計画的撤退」も含まれます。これは、繰り返し水に浸かる土地や、崖崩れの危険が高まった土地から、住まいや施設をあらかじめ安全な場所へ移すという、重い決断を伴う仕事です。堤防を高くして守り続けるより、思い切って引くほうが、長い目で見れば人命も費用も守れる場面がある。建設というと「建てる」ばかりを思い浮かべますが、危険な場所から安全に「退く」ための造成や移転もまた、これからの建設の一部です。守るか、退くか——その線引きを地域ごとに描く仕事に、地元の地形と暮らしを知る会社の目が要ります。
この分野には、発想そのものが新しい仕事も育っています。象徴が、オランダの「ルーム・フォー・ザ・リバー」——川に氾濫の余地をあえて返した取り組みです。堤防をひたすら高くして水を封じ込めるのではなく、一部の土地を遊水地として川に明け渡し、あふれても被害の出ない場所に水を逃がす。つまり構造物を「減らす」ことで安全を買う。堤防を高くし続ける発想の限界を、水と共に生きてきた国が先に見切ったわけです。この「自然に土地を返す工事」という新ジャンルは、コンクリートで固めることだけが土木ではない、という価値観の転換を含んでいます。日本でも、遊水地や霞堤といった「あふれることを前提にした治水」の知恵は昔からあり、それが気候の時代に改めて見直されていく——町場の土木にとっても、無関係な話ではありません。
そして、悲観的な確度で言えば、災害復興は常設産業になります。トルコの地震、パキスタンの洪水、そして推計5000億ドル規模とされるウクライナの復興(欧州編)——桁外れの破壊が、世界のどこかで毎年のように起きています。20世紀の建設業が第二次大戦後の戦後復興という巨大需要で育ったように、21世紀後半のそれは、戦後復興に代わって「災後復興」を恒常業務として抱えることになるでしょう。壊れてから直すのは、本来なら避けたい仕事です。けれど気候がそれを不可避にしていくなら、直す力もまた、社会が備えておくべきインフラの一部になります。地元の地形と歴史を知る町場の会社が、その最前線に立つ場面は増えていくはずです。

第三に、そして目先の最大需要が、エネルギー転換そのものの建設です。脱炭素とは、突きつめれば「化石燃料を燃やす仕組みを、燃やさない仕組みに置き換える」巨大な建て替え工事にほかなりません。太陽光・風力・蓄電池・水素、そしてそれらを繋ぐ送電網——この一式を、途方もない規模で作り直す。ここで意外に見落とされがちなのが、発電所そのものより、それを運ぶ「線」のほうが詰まるという事実です。米国では系統接続を待つ電源が2テラワットを超え、送電線の建設こそが脱炭素の最大のボトルネックだと言われています。太陽光パネルを並べても、その電気を都市へ運ぶ送電網が細ければ、電気は行き場を失う。米国編で見た送電インフラ企業Quantaの黄金時代は、まさにこの構造を先取りした指標でした。作るべきは、光る発電所だけでなく、地味な鉄塔と電線なのです。
送電網が詰まるという話は、日本の町場には遠く聞こえるかもしれません。けれど、これは規模の違いこそあれ、身近な問題の拡大版です。屋根に太陽光を載せても、その電気を地域の電線が受け切れなければ、出力を絞らざるを得ない。発電を増やすには、送る側・受ける側の設備をあわせて更新していく必要がある。作るべきは光る発電設備だけでなく、それを支える地味な配電の骨格でもある——この構図は、国の大送電網から地域の一本の電柱まで、相似形で貫いています。
洋上風力は、北海の浚渫王たち(欧州編)——海を掘り、埋め立て、防波堤を築いてきたオランダやベルギーの海洋土木の巨人たち——に、新しい海という仕事場を与えました。海底に巨大な基礎を打ち、タービンを立て、送電ケーブルを陸へ引く。かつて港と堤防で培った技術が、そのまま風車の海へ横滑りしていく。既存の技術が、まったく新しい市場へ横滑りしていくこの動きは、脱炭素の時代に何度も繰り返される型です。持っている技を捨てるのではなく、別の需要へ差し向ける——その目の付けどころが、会社の生き残りを左右します。地熱や、水を汲み上げて電気を貯める揚水発電も、再評価されています。そして、いったん退いたはずの原子力も戻ってきました。ただし、形を変えて。巨大な一品生産の原発が日米欧で軒並み工期延伸と予算崩壊に見舞われた反省——米国のボーグル原発、フランスのフラマンヴィル原発は、その象徴です——から、原子炉を工場で量産し、現場ではそれを据え付けるだけにするSMR(小型モジュール炉)へと、発想が移りつつあります。これは本質的に、「原子力の建設問題を、製造業のやり方で解く」試みです。現場の一品生産が抱える工期とコストの暴れを、工場の反復生産で飼いならす——前回語った建設の工場化という物語の、原子力版だと言えます。そして、ビッグテック各社が相次いでSMRや既設原発の電力を買い始めたのには、はっきりした理由がありました。次に来る途方もない電力需要——AIデータセンター——に備えるためです。
そのデータセンターについて、少し立ち止まって考えます。国際機関の見通しでは、世界のデータセンターの電力需要は2030年までに倍増し、日本一国の総電力需要に匹敵する規模に達するとされます。生成AIが賢くなるほど、その裏で回るコンピュータは電気を食う。結果として、ギガワット級の「AI工場」とも呼ぶべき巨大キャンパスが各地で立ち上がっています。これは、建屋・電源・冷却・変電・通信を一体で、しかも史上最速級のスピードで建てる建設プログラムです。単なる箱ではありません。膨大な熱を逃がす冷却設備、専用の変電所、大容量の通信回線——それらを同時並行で組み上げる、総合力の勝負です。とりわけ冷却は難所です。詰め込まれた大量のコンピュータは、稼働すると発熱の塊になる。その熱を逃がすために、莫大な電力と、時には大量の水が要る。だからデータセンターは、電気が潤沢で、冷やしやすく、通信の太い場所を求めて立地を選ぶ。かつて工場が水運と原料を求めて川辺に集まったように、AIの時代の「工場」は、電力と冷却と回線を求めて土地を選ぶ——立地の論理は、時代が変わっても地理に根ざしているのです。2025年の米ENRランキングで、ターナーが長年の巨人ベクテルを抜いて首位に立った直接の燃料が、このデータセンター建設ラッシュでした(米国編)。日本でも、TSMCの熊本工場や、次世代半導体を目指すラピダスの突貫工事(日本編)が、同じ波の一部です。半導体もAIも、その根っこには「誰かが猛烈な速さで建屋を建てている」という、極めて泥臭い建設の現実がある。
ここには、見落としてはならない歴史の反復があります——鉄道、ダム、高速道路、そしてデータセンター。各時代の「その時代を定義する技術」は、決まってその時代最大の建設需要として地上に着地する。19世紀の鉄道は駅と橋とトンネルを、20世紀前半のダムは巨大コンクリートを、戦後の高速道路は舗装と高架を生んだ。そして今、AIという時代の技術が、データセンターという建屋の需要に化けている。この系譜を頭に入れておくと、次に何が来るかも見えてきます。核融合の実験炉群(国際協力で進むITERの、その先にある商用化競争)、水素・アンモニアを運ぶための港湾、大気から二酸化炭素を直接回収する直接空気回収(DAC)プラント、そして宇宙港——これらが、次の50年でこの系譜に名を連ねていくはずです。時代を定義する技術を見張ることは、そのまま建設会社の中期計画を書くことに等しい。
一方で、需要側には「建てない」という解も育っています。これは逆説的ですが、大切な視点です。リモートワークがオフィス需要を恒久的に変えてしまったように、余った床をどう活かすかという知恵が、新しい建設の形になりつつあります。空きオフィスを住宅へ転用する動きは、ニューヨークや東京で本格化しています。オフィスとして使われなくなった床を、間取りと設備を組み替えて住まいに変える。壊して建て直すのではなく、骨組みを活かして中身を入れ替える。既存ストックの用途転換、シェアリングによる稼働率の向上——これらはいずれも「床を新しく増やさずに、機能だけを増やす」建設です。用途転換は、既存建物の癖を読み、限られた条件の中で最適解を組む力を要する、まさに改修の延長線上の仕事であり、地元に根ざした会社の腕の見せ所でもあります。新築の華やかさはありませんが、資源も炭素も節約できる、時代に合った仕事です。人類史編で立てた第四のテーゼ——建てることの半分は保つこと——に、未来はもう一行を書き加えます。建てることの一部は、建てないことである。需要を増やすことだけが建設の使命ではない。今あるものを賢く使い回すこともまた、これからの建設の中核になっていきます。
気候が最大の市場だとすれば、地政学は最大の変数です。どれだけ需要があっても、それを誰が、どの陣営の資金と規格で受注するかは、政治が決める。そして連載を通じて見てきたとおり、建設は歴史上ずっと、そういう政治のただなかにありました。
建設は常に外交であり、戦争の隣にいました。米国のブラウン兄弟と、彼らを引き立てた政治家リンドン・B・ジョンソン(LBJ)の癒着、ナチス・ドイツの土木を担ったトート機関、中国がアフリカに引いたタンザン鉄道、そして現代の一帯一路——連載で辿ってきたこれらの物語は、いずれも「建設が国家の意志を運ぶ道具だった」ことを示しています。道路も港も鉄道も、経済のためのインフラであると同時に、軍を動かし、影響力を送り届けるための血管でもあった。平時には物資を運び、有事には軍を運ぶ。この二重性ゆえに、建設は昔から政治と切り離せなかったのです。分断が深まる今後の世界で、この性格はむしろ強まります。順に、四つの形で現れます。
第一に、インフラの陣営化です。中国の一帯一路が世界中に港や鉄道を張り巡らせたのに対し、G7は独自のインフラ投資枠組みで対抗しました。港湾・海底ケーブル・5G通信網・鉄道の受注競争は、もはや単なる価格の競争ではありません。どの国の企業が、どの規格で、どの国のインフラを握るか——それは安全保障そのものの競争です。海底ケーブル一本が国の通信の生命線になり、港湾一つが物流と軍事の要衝になる。インドネシアのジャカルタ高速鉄道をめぐる日中の激しい受注合戦(中国編)は、この時代の先駆けにすぎませんでした。安さだけでは決まらない。誰の陣営か、が問われる。
第二に、経済安全保障の建設需要です。象徴が半導体工場の各国誘致です。台湾のTSMCが、熊本・アリゾナ・ドレスデンと世界各地に工場を建てているのは、純粋な経済合理性というより、半導体という戦略物資を自国の内側に置いておきたい各国政府の思惑が働いているからです。半導体は、スマートフォンから自動車、兵器まであらゆるものの頭脳です。それが特定の地域に集中していることの危うさを、世界は近年の供給網の混乱で痛感しました。だから各国は、多額の補助金を積んで工場を自国に呼び込む。その一つひとつが、猛烈な速さで建屋を立ち上げる建設需要として、地元に落ちてくる。政治が描いた地図が、そのまま基礎工事の発注書に化けるわけです。加えて、防衛施設、弾薬工場、そしてシェルターの復権——人口の9割近くを収容できる避難施設網を維持してきたフィンランドが改めて注目され、欧州の再軍備は具体的な建設需要として実体化しています(欧州編)。冷戦期に軍事とともに育ったこの産業は、新しい冷戦のなかで、再び同じ役割へ呼び戻されつつある。皮肉な話ですが、緊張は建設需要を生むのです。
第三に、資材と労働力の武器化です。先に触れた炭素国境調整に加え、リチウムやレアアースといった重要鉱物の囲い込み、セメントや鋼材を域内で作ろうとする回帰の動き、そして移民政策——建設現場を支えてきた外国人労働者を、どの国がどれだけ受け入れるか。これらはすべて、国境がインフラのコストを直接左右する時代を意味します。かつては市場が最も安い調達先を世界中から選べばよかった。分業とグローバル化が、建材も労働力もどこまでも安く運んでくれた時代です。これからは、国境と制度が、何をいくらで作れるかを決める。安さより、確実に手に入ること——その優先順位の逆転が、じわじわと現場を変えていきます。日本の建設現場も、資材の値段と職人の確保という二つの入口で、この大きな力学と無縁ではいられません。鉄も木も人も、世界の緊張のあおりを受けて値が動く。遠い国際ニュースが、来月の見積書に効いてくる時代を、私たちはすでに生き始めています。
第四に、復興の政治です。ウクライナ、ガザ、シリア——大規模な破壊のあとには、決まって「誰が再建を受注するか」という戦後秩序の問いが来ます。これは慈善ではなく、地政学です。かつて米国のマーシャル・プランが、戦後ヨーロッパへの巨額の資金援助を通じて西側世界の盟主としての地位を固め、中国のタンザン鉄道がアフリカにおける影響力の楔になったように、2030年代の復興事業もまた、資金と規格と企業を通じて、次の勢力圏を描く鉛筆になります。ここで言う「規格」は、地味ですが決定的です。どの国の基準で道路を敷き、どの国の電圧で電気を通し、どの国の車両が走る線路を引くか——いったんある国の規格で作られたインフラは、その後の補修も更新も、同じ国の企業と部品に頼らざるを得なくなる。復興という一度きりの善意の裏で、数十年続く依存の関係が静かに敷かれていく。建設が「勢力圏を描く鉛筆」だというのは、そういう長い時間の話です。どの国の金で、どの国の基準で、どの国の会社が再建するか。その選択が、壊れた国の未来の向きを静かに決めていく。建設は、平和の道具であると同時に、勢力争いの道具でもある——この二面性は、これからも変わらないでしょう。
そして、最後のフロンティアです。地上の需要を語り尽くしたあとに残るのは、これまで人が建ててこなかった場所です。北極海航路の港湾、海に浮かぶ海上都市の構想、そして宇宙。アルテミス計画は2020年代後半に有人の月面着陸を目指し、中国も2030年前後の有人月面を掲げています。ここで建設が問われるのは、月の土——レゴリスと呼ばれる砂のような表層物質——を焼き固めて、着陸パッドや構造物を現地で作る「現地資材建設」の技術です。地球から資材を運ぶのは途方もない費用がかかる。ならば、その場にある土で建てるしかない。NASAはこの分野で、地上の3Dプリント建築企業を起用しています(この宇宙の話は、外伝「宇宙建設」で丸ごと一冊分書きます)。一方、地上でも、時間の尺度が桁外れに伸びていきます。フィンランドの硬い岩盤の地下深くでは、使用済み核燃料の最終処分場が動き始めました。その設計要件は、なんと10万年の安全です。ピラミッドが積まれてからおよそ4500年、そのさらに20倍を超える時間にわたって、人類が近づいてはならない危険を封じ込め続ける——人類史上、最も長い設計寿命を持つ建設物です。40万年前の炉から始まった連載が、10万年後への地下施設と、月面という新天地にたどり着く。建てるヒトの営みが持つ時間と空間のスケールは、次の50年で一気に伸びていきます。私たちが今、日々の現場で積んでいる一つの構造物も、この長い連なりの、確かな一片なのだと思います。

未来の需要地図を、町場の受注表に翻訳し直すと、三つに絞れます。①「その時代を定義する技術」は、決まって最大の建設需要になる。鉄道→ダム→高速道路→データセンター、という系譜を思い出してください。次が何かを見張ることは、遠い未来の話ではなく、建設会社の中期計画そのものです。時代の主役技術は、いつも建屋やインフラという泥臭い需要に化けて降りてくる。②適応と改修は、地味だが確実に恒常市場になる。防災・断熱・電化・老朽化対策——派手さはありませんが、これらは町場が昔から得意としてきた「近くて、細かくて、地元を知っている者にしかできない仕事」の塊です。新設が細る時代に、直し続ける仕事は、むしろ厚みを増します。③国境と制度が需要を作る時代。半導体誘致も、再軍備も、復興も、突きつめれば政治が建設需要を決めています。だからこそ、ニュースの読み方が、そのまま受注の先読みになります。制度と国際情勢を「難しい遠い話」と切り捨てず、自社の仕事の入口として読む習慣が、これからの経営を分けていくはずです。
最終回(5)は、2050年からの眺め。三つのシナリオ、2075年の現場の思考実験、そして「建てるヒトへの手紙」——五つのテーゼと未来年表で締めくくります。
株式会社コンクルー 代表取締役 白澤光純
※本編は歴史ではなく「見通し」を扱います。統計・制度は2026年前半時点の情報に基づきます。