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監督者:白澤光純
株式会社コンクルー 代表取締役CEO
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会社の費用で施工管理技士などの資格を取らせた社員が、すぐに退職。かかった費用は返してもらえるのでしょうか。「辞めたら返せ」の誓約書が労働基準法16条で無効になる理由から、返還が認められうる貸付の組み立て方、ダメな例、そして辞めたくならない職場づくりまで、社長目線で整理します。
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【今回のケース】設備工事業・従業員9名の会社
「昨年、若手の社員に、会社の費用で施工管理技士の資格を取らせました。受験対策の講座代も受験料も、こちらで全部負担して、本人も頑張って合格してくれたんです。ところが、それから半年ほど経ったころに『辞めたい』と言い出しまして……。正直、資格を取らせるのにかけたお金が、まるまる無駄になってしまう気がして、モヤモヤしています。かかった費用を、本人に返してもらうことはできないのでしょうか。」
※この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の案件についての法的助言ではありません。実際の取り扱いは契約内容や状況によって変わります。判断に迷うときや相手方と争いになりそうなときは、弁護士や社会保険労務士などの専門家にご相談ください。
これは、こたえますよね。お金の問題だけでなく、期待をかけて送り出したぶん、気持ちのほうがつらいと思います。「せめて費用くらいは返してほしい」という感覚は、社長としてごく自然なものです。ただ、先に結論をお伝えすると、「一定期間内に辞めたら資格取得費用を返す」という約束(誓約書)は、原則として法律上は無効になってしまいます。とはいえ、まったく打つ手がないわけでもありません。この記事では、なぜその約束が無効なのか、どういう組み立てなら費用の返還が認められる余地があるのか、やってしまいがちなダメな例、そして「そもそも辞めたくならない」ための設計や、困ったときの相談先までを、社長の目線で順番に整理していきます。
まず、いちばん気になっているところにお答えします。「〇年以内に辞めたら、資格取得にかかった費用を返してもらう」という誓約書を交わしていたとしても、その約束は原則として無効と考えられます。つまり、その紙を根拠に「約束どおり返してくれ」と迫っても、法律上は通りにくいのです。
「え、本人も納得してサインしたのに?」と思われるかもしれません。ですが、これは会社と社員のあいだの力関係を考えて、法律があえて社員の側を守っている場面なのです。根拠になるのが、労働基準法という法律の第16条です。まずはここを押さえておくと、この先の話がすっきり理解できます。あきらめるのはまだ早いので、順番に見ていきましょう。
カギになるのが、労働基準法16条という条文です。少しだけ法律の話になりますが、ここを知っておくと、無用なトラブルをかなり防げます。条文にはこう書かれています。「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」(出典:e-Gov法令検索・労働基準法)。
むずかしい言い回しですが、かみくだくと「辞めたら〇〇円払え、という罰金や違約金を、前もって決めておいてはいけません」ということです。「途中で辞めたら違約金を払え」「会社に損害を与えたら〇〇円払え」といった、金額をあらかじめ約束させる取り決めが禁じられています(出典:厚生労働省 栃木労働局・賠償予定の禁止(第16条))。
なぜこんなルールがあるのかというと、社員の「辞める自由」を守るためです。もし高額な違約金を先に約束させられていたら、社員は辞めたくても辞められなくなってしまいますよね。それを防ぐために、退職に罰金をひもづけること自体を禁止しているのです。「〇年以内に辞めたら資格取得費用として30万円を返還する」という誓約書は、まさにこの「辞めることへの罰金」にあたるため、原則として無効と判断されるわけです。
ここで一点、誤解しやすいところを補足します。16条が禁じているのは、あくまで「金額を前もって決めておくこと」です。社員が現実に会社へ損害を与えた場合に、その実際の損害を請求すること自体まで禁じているわけではありません(出典:厚生労働省 栃木労働局・賠償予定の禁止(第16条))。
ただ、「では資格取得費用を実損害として請求すればいいのか」というと、そう単純でもありません。社員が辞めること自体は、法律で認められた「退職の自由」を使っているだけで、会社に損害を与える違反行為ではないからです。資格取得費用も、もとはといえば会社が「投資」として自分の判断で出したお金です。ですから、辞めた社員に「損害だから払え」と当然に請求できるわけではない、という点は押さえておいてください。では、どうすれば返還の道が開けるのか。ここからが本題です。
誓約書がダメなら打つ手なしかというと、そうとも限りません。実務では、発想を変えたやり方が使われています。それが「費用を会社が負担する」のではなく、「費用を会社が本人に貸す」という組み立てです。
具体的には、資格取得にかかるお金を、会社が社員に貸し付けます(これを金銭消費貸借契約といいます)。そのうえで、「一定期間きちんと勤めてくれたら、その借りたお金は返さなくてよい(返済を免除する)」という約束をセットにするのです。約束どおりの期間を勤め上げれば返済はチャラ、その前に辞めるなら借りたぶんを返す、という形です。
なぜこれなら16条に触れにくいのでしょうか。ポイントは、返す義務が「辞めたことへの罰」から生まれるのではなく、「借りたお金を返す」という貸し借りから生まれている点にあります。辞めた社員は罰金を払うのではなく、返済免除の条件(一定期間の勤続)を満たさなかったので、もともとの借金を返す——この整理なら、退職への罰金を禁じた16条とは別の話になる、というわけです。実際、自発的に受けた研修や留学について、こうした貸付と免除を組み合わせた形を有効と認めた裁判例もあります。
とはいえ、契約書のタイトルを「貸付」に変えれば何でも通る、という甘い話ではありません。裁判では、名前ではなく中身(実質)で判断されます。裁判例の傾向として、次のような要素から「これは本当に貸付なのか、それとも実質は辞めることへの罰金なのか」が見られます。
今回のモデルケースでいえば、施工管理技士は本人の財産になる国家資格なので、その点は返還が認められる方向に働きます。一方で、社長の指示で取らせた色が強ければ、業務命令とみられて認められにくくなります。このように、同じ「資格取得費用」でも、取らせ方や契約のしかたによって結論が変わってくる、というのが実際のところです。

もう少し具体的に、現場でありがちなパターンを、危ないものから順に見ていきましょう。ご自身の会社のやり方と照らし合わせてみてください。
逆に、本人が希望して受けた/どこでも通用する国家資格/労働契約とは別の貸付契約になっている/貸すのは実費のみ/免除までの期間が無理のない範囲、という条件がそろうほど、返還が認められる可能性は高くなります。ポイントは「本人のための、自由意思にもとづく、実費の貸し借り」という実態を、きちんと作れているかどうかです。
「では、うちも貸付の形にしておこう」と思われたかもしれません。ただし、これは本来、弁護士や社会保険労務士と相談しながら作るべきものです。ネットで拾った誓約書のテンプレをそのまま使うと、かえって16条で無効になりかねません。ここでは、専門家に相談するときの土台として、骨子となる考え方だけをお伝えします。
金額や免除期間の「相場」を知りたくなるところですが、ここはあえて断定を避けます。適正な水準はケースによって変わりますし、安易に長く・高く設定すると、せっかく作った契約ごと無効になりかねないからです。迷ったら、金額と期間を決める前に専門家に見てもらうのが、結局はいちばんの近道です。

ここまで返還の話をしてきましたが、いちばんお伝えしたいのはこの先です。返還請求は、あくまで最後の手段だと考えてください。取り立てで揉めれば、本人との関係はもちろん、残ってくれている他の社員が見ている職場の空気まで悪くなります。労力もかかります。だとしたら、発想を「辞めたら取り立てる(罰)」から「取ってくれたら報い、居続けるほど報い続ける(報酬)」へ切り替えるほうが、ずっと会社のためになります。
その具体策のひとつが、資格手当です。施工管理技士などの資格に手当をつけ、在籍しているあいだは継続して支払う形にすれば、本人にとっては「持っていて損がない、居続けるメリットがある」ものになります。取得の瞬間だけ報いる一時金より、在籍中ずっと支払う手当のほうが、引き止める力は強く働きます。罰で縛るのではなく、報酬でつなぐ、という発想です。
あわせて大事なのが、資格を「会社のための費用」ではなく「本人の市場価値を上げる投資」として、本人と意味を共有することです。施工管理技士がどれだけ幅広い仕事を担う資格なのか——たとえば施工管理の6大管理を解説した記事のような形で、その仕事の広がりを一緒に描けると、本人も「この会社で腕を磨く意味」を感じやすくなります。若手がどう育ち、どんな役割を任されていくのか、現場監督の仕事を紹介した記事もあわせて見せながらキャリアの道筋を描けると、「取らせて終わり」ではない関係になっていきます。費用を出すときに、こうした将来像までセットで話しておくことが、結局はいちばんの引き止め策になるのです。
最後に、実際にこじれてしまったときの相談先を挙げておきます。ひとりで抱え込まず、早めに使ってください。
まず、労働に関する相談を無料で受けてくれるのが、全国の労働局や労働基準監督署のなかに置かれている総合労働相談コーナーです。労働者だけでなく事業主も利用でき、費用はかかりません(出典:厚生労働省・総合労働相談コーナーのご案内)。「うちの誓約書は16条に触れないだろうか」といった一般的な確認先として、心強い窓口です。
ただし、「この契約で返還を請求できるか」「貸付の形にどう作り替えるか」といった、お金がからむ個別の見極めや交渉は、弁護士の領域です。資格取得費用の返還は、取らせ方や契約内容によって結論が大きく変わる、個別性の高いテーマです。金額が大きい場合や、すでに相手ともめている場合は、早い段階で弁護士に相談したほうが、結果的に損は小さくなります。制度そのものの設計——資格手当や研修規程をどう整えるか——なら、社会保険労務士が頼りになります。それぞれ得意分野が違うので、相談の中身で使い分けてみてください。
会社の負担で資格を取らせた社員に辞められるのは、かけたお金以上に、期待や手間をかけたぶん気持ちがこたえるものですよね。ただ、「辞めたら返せ」と縛るよりも、契約の作り方をていねいにしておくことと、そもそも辞めたくならない職場づくりのほうが、長い目で見れば会社を守ってくれます。まずは、できるところから見直してみてください。この「建設業のトラブル相談」では、こうした「これって聞いてもいいのかな」と思うような、社長業のちょっとした困りごとを、これからも取り上げていきます。