AIとロボットが建設現場から設計、都市インフラの運用まで浸透し、建設は「人がつくる営み」から「機械が自律的に生成・維持する仕組み」へ移行しつつある。ソフトバンクによるABB買収を起点に、無人施工・生成デザイン・スマートシティの最前線を整理し、建設の終焉と人間の役割の再定義を問い直す。
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2025年10月8日、ソフトバンクグループがスイスのABB社ロボティクス事業を総額約8187億円で買収すると発表しました。
産業ロボット世界大手を傘下に収めるこの動きは、単なる企業買収のニュースを超えて、一つの時代の転換点を象徴しているかもしれません。
ソフトバンク孫正義氏はこの買収に際し、「ソフトバンクグループの次のフロンティアは『フィジカルAI』です。ABBロボティクスとともに…ASI(人工超知能)とロボティクスを融合させることで、人類の未来を切り拓く画期的な進化を実現していきます」と語りました 。
フィジカルAI――すなわち高度な人工知能を現実のロボットに宿らせ、物理世界で活動させるというビジョンです。
この出来事は、建設業界にとっても他人事ではありません。かつてIT革命の波が建設に押し寄せたとき、せいぜい設計にCADが導入された程度でした。
しかし今、AIとロボティクスの融合は建設という人類最古の産業に根底から変革を迫っています。孫氏が予見するような人工超知能(ASI)が今後10年以内に人間の1万倍の知能を持つとすれば 、それは「誰が空間を創造し構築するのか」という根源的な問いを突きつけます。ソフトバンクによる巨大ロボティクス事業の買収は、その問いへのリアルな序章となるかもしれません。
では現時点で、建設産業におけるAI・ロボットの活用はどこまで進み、何が現実となっているのでしょうか。そして、それは我々の空間づくりの文化にどんなインパクトをもたらそうとしているのでしょうか。ここから、現在進行中の潮流を俯瞰し、やがて訪れるであろう“建設の終焉”と新たな定義について深く探っていきます。
ABBが開発している新しい自動建設技術
(https://new.abb.com/news/ja/detail/78359/abb-robotics-advances-construction-industry-automation-to-enable-safer-and-sustainable-building)
「人手不足」と「生産性停滞」――長年建設業界を悩ませてきた課題に、今テクノロジーが解決策をもたらそうとしています。特に先進国では高齢化や若年労働者の減少により建設技能者の確保が深刻です。この問題意識から、日本では2016年より国土交通省主導でi-Construction(アイ・コンストラクション)政策が進められ、2024年にはその進化版となる「i-Construction 2.0」が策定されました 。建設現場の生産性向上と省人化を目指し、測量・設計から施工・管理まであらゆるプロセスへのICT・ロボット導入が推奨されています。AIやIoTの進展がこれを強力に後押しし、建設ロボットの研究開発と実用化は急速に加速しているのです 。
では実際に、AIとロボットは現在どのように建設の現場を変えつつあるのか。具体例をいくつか見てみましょう。
Built Robotics社の無人建機
TyBOT
Hadrian X
Robo-Carrier
こうした個別の技術や事例は枚挙に暇がありませんが、重要なのは全体としての潮流です。すなわち、建設生産プロセスのデジタル化・自動化が点ではなく面で進みつつあることです。3次元設計データと連動して重機やロボットが動く統合システム、クラウド上で多数の機械を一括制御するプラットフォーム、そしてそれらを可能にするAIアルゴリズム群――建設業は今、製造業における「スマートファクトリー」に匹敵する「スマート建設サイト」の実現に踏み出しています。
実際、清水建設はBIMデータとロボット群を連携させるロボティクス現場管理システムを開発中で、他の大手ゼネコンも同様のスマート現場構想を掲げています。また欧州では、複数の建機ロボットやドローンを群制御して協調動作させる研究プロジェクトも進行中です。こうした「ロボットの群れ(スウォーム)」による施工は、効率面だけでなく適応性やレジリエンスの点で注目されています。例えば10台の小型ロボットが協調してレンガ積みを行えば、一部のロボットが故障しても残りで作業を続行でき、人海戦術のように柔軟に増減可能です。その一方、同時に多数のロボットが動くことで安全面や通信規格の標準化など新たな課題も出てきています 。各国の規制当局も対応を模索しており、EUではROBOT-CERTといった人とロボットの協働安全基準づくりの動きもあると報じられています 。ロボット導入によって懸念される労働者の雇用問題については、アメリカのBuilt Robotics社が自社の重機ロボットのオペレーターに元現場作業員を再訓練して充てるなど、「人からロボットへの役割転換」を支援する例も出ています 。
以上のように、現在の建設テックの最前線ではAI・ロボットが着実に実績を積み、点在していた自動化の試みがやがて一つの大きな絵(スマート建設生産システム)に繋がろうとしています。では次に、設計や都市インフラといった建設周辺の領域でのAI活用、さらにはこれらが意味するものについて考察を進めましょう。
建設におけるAI活用は施工プロセスだけではありません。建築の計画・設計段階や、完成後の維持管理・運用のフェーズにも、AIと自動化の波が広がりつつあります。これは建設生産の前後を含むライフサイクル全体に知能化が及ぶことを意味し、人間と建築物の関わり方そのものを変えようとしています。
建築設計は本来、人間の創造性と経験に基づく領域でした。しかし近年、生成的デザイン(Generative Design)やAIによるプラン自動生成といった手法が登場し、設計プロセスに変化をもたらしています。生成的デザインとは、コンピュータに膨大な設計案を自動で生成・評価させることで、人間では思いつかない斬新な解を得ようとする設計アプローチです 。これはパラメトリックデザイン(パラメータを操作して形状を作る手法)とAI技術を組み合わせたもので、膨大な反復試行をコンピュータに担わせる点に特徴があります 。
例えばAutodesk社が2017年にトロントの自社オフィス設計で採用した生成デザインは、社員の働き方データや希望条件を入力すると、レイアウト案を何千通りも自動生成し、各案について通勤時間・部門間の近さ・光環境などの指標をスコア化しました。その中から人間が好ましい案を選び出して実施設計とするというプロセスを経ています。この結果生まれたオフィスは、従来の人間の設計者だけでは想定しなかったような配置が採用され、データに裏打ちされた合理性と新鮮な空間構成を両立したものとなりました。
また建築家による創造的活用の例として、ブラジルの建築家グト・レケーナは音楽データをパラメータとして入力し、AIにスツール(腰掛け)の形状を生成させる試みを行いました 。リオのカーニバル音楽のリズムを“形”に翻訳したような有機的造形が得られ、それを元に実物の家具を製作しています。このように、アルゴリズムがデザインの相棒となる時代が始まっているのです。
金属3Dプリンタとジェネレーティブデザインで造られたアムステルダムの橋
さらに高度な例では、オランダのスタートアップMX3Dが金属3Dプリンタとジェネレーティブデザインを駆使してアムステルダムに世界初の3Dプリント金属橋を架けました 。ここではAIが構造計算と形態生成を反復し、必要最小限の材料で美しく複雑な有機的デザインを導き出しています 。そのデータをもとにロボットアームがステンレス鋼を溶接・積層して橋を“自動製造”しました。人間は大枠の条件設定と最終判断を行っただけで、詳細な設計から施工まではアルゴリズムとロボットに任せたわけです。設計と施工の境界が曖昧になりつつある象徴的な事例と言えます。
これらは先進的な例ですが、より日常的な設計支援にもAIが顔を出し始めています。例えばAIによるプラン自動作成では、間取りの希望条件を入力するとAIが複数の平面プラン図を提案してくれるサービスも登場しました。日本でもハウスメーカーが試験的に導入し、設計者がゼロから描くのではなくAIが出力したプランを叩き台にブラッシュアップするという使い方がなされています。また、BIMソフトに組み込まれた最適化アルゴリズムが構造部材の寸法を自動調整してコストや環境負荷を削減するといった設計の自動最適化も実現しつつあります。
このような建築設計の知能化が進む背景には、計算機能力の飛躍的向上と、クラウド上で大規模計算を行える環境の整備があります。さらに、それを受け入れる設計者側の意識変革も重要です。古くは1970年代、MITのニコラス・ネグロポンテが著書『Architecture Machine』で「建築家のパートナーとしてのコンピュータ」を提唱しました。当時は夢物語でしたが、今やAIは事実上そのビジョンを体現しつつあります。ただし同時に、「設計の本質はどこにあるのか」「AIに美しさや心地よさの判断ができるのか」という哲学的問いも浮上しています。この点については後ほど「建設の終焉」の文脈で考察します。
Architecture Machine www.amazon.co.jp
建設された建物やインフラは、完成後の運用・維持管理フェーズでもAIとロボットの助けを借りるようになってきました。将来的には、都市空間そのものが自律的に最適運用される、言い換えれば「無人のインフラストラクチャー」が実現する可能性があります。
現在でも、建物の管理にはBAS(ビル自動化システム)やIoTセンサーが用いられ、空調・照明の自動制御やエレベーターの最適運行は当たり前になりました。これをさらに高度化したスマートビルディングでは、AIがビル内の人の流れや天候予測などを考慮してエネルギー消費を最適化し、ビルメンテナンスの時期も予知してくれます。たとえば、エレベーターの振動データをAIが解析して故障の予兆を検知し、事前に部品交換する予知保全が実用化されています。また清掃ロボットや警備ロボットがオフィスビル内を巡回し、人手を介さずに衛生と安全を維持する取り組みも進んでいます。これらはまだ部分的な無人化に過ぎませんが、要素技術は着実に揃いつつあります。
インフラ分野でも、橋梁・道路・トンネル等の点検をドローンとAI画像解析で自動化する試みが各国で行われています。たとえば高速道路の橋の下面をドローンが撮影し、ひび割れや錆をAIが検出して劣化度合いを評価するシステムは、従来の人手検査に比べて迅速かつ客観的です。また鉄道では、レールや架線の検査にAI搭載ロボットを走行させ、深夜に人が目視していた作業を自動化するプロジェクトが進行中です。ゆくゆくは、AIがインフラの状態を常時モニタリングし、メンテナンスを最適なタイミングで自律的に実行するといった世界も見えてきます。
都市全体に視野を広げると、スマートシティの文脈で都市OSと呼ばれるような包括的デジタルプラットフォームが登場しています。これは都市中の信号機、街路灯、公共交通、エネルギーグリッド、上下水道などあらゆるハードウェアをIoTで繋ぎ、リアルタイムデータを集約し、AIが統合的に制御・最適化するという構想です。例えば交通流AI制御では、信号サイクルをAIが動的に変更して渋滞を緩和したり、自動運転車と連携して安全かつスムーズな交通を実現しようとしています。電力網でも、各建物のエネルギー需要を予測しながら太陽光発電や蓄電池を組み合わせて配電を制御するスマートグリッドがAIによって賢く動いています。
これらは一見、建設とは離れた「都市運営」の話に思えるかもしれません。しかしインフラを建設後に誰がどのように運用するかまで含めてデザインすることが、実は重要になってきています。極論すれば、「将来的に都市や建物は人間の手を離れて自己管理する」というビジョンです。建物がセンサーで自分の老朽度を把握し、ロボットに命じて補修させる。道路がAIで劣化予測し、夜中に無人作業車が出動して穴埋めをする。街路樹の伸びすぎた枝を剪定ドローンが切り揃える。そんな光景が当たり前になる未来です。
実際、NASAは将来の月面基地や火星基地の建設・運用に向けて、人間が居なくてもロボットだけで構造物を建て維持する技術を模索しています。2015〜2019年に開催されたNASAの3Dプリンテッド・ハビタット・チャレンジでは、完全自律型の建設ロボットに居住施設を造らせる競技が行われました 。参加チームは建物の設計からロボット制御まで一貫したシステムを構築し、実際に3分の1スケールのドームやタワーを自律3Dプリントすることに成功しました 。優勝したAI SpaceFactoryチームは、その技術を地球上の災害対応住宅にも応用しています。極限環境下での「人間不在の建設・居住」が現実味を帯び始めているのです。
SEArch+/Apis Cor(静圧リーク試験)
こうした無人化された環境が地球上でも実現すれば、人類の生活様式は一変するでしょう。住宅やビルは単に完成したら終わりではなく、生涯にわたって自律的にアップデートや自己修復を続けるかもしれません。道路や鉄道、電力網といった都市インフラは、まるで生態系のように自己調節しながら最適状態を維持するかもしれません。
つまり、「建設」と「運用」の区別が曖昧になり、空間は常に生成変化し続けるものとなる可能性があります。
それはもはや、人間が汗水たらして作り上げる従来型の建設の終焉ともいえる光景です。
そして同時に、我々は新たな文明のあり方──“無人の文明”の萌芽を目撃しつつあるのかもしれません。
ここまで見てきたように、AIとロボットは着実に建設・建築のプロセスへ浸透し、従来人間が担ってきた役割を肩代わりし始めました。この傾向が極限まで進んだとき、何が起きるのかを考えてみましょう。それは単なる効率化や省力化の話ではなく、文化的・哲学的な次元での転換を孕んでいます。
まず振り返りたいのは、建設行為が人類史で果たしてきた根源的な意味です。人類は太古の昔から、住居やモニュメントを築くことで自らの存在証明を行ってきました。石器で掘っ立て柱を立てた原始の小屋から、ピラミッドや万里の長城、大聖堂や現代の摩天楼に至るまで、「建造物をつくること」は常に人間の創意工夫・労働力・協働の結晶でした。
詳しくはこちらの記事をご覧ください。
建設は単なる物理的生産ではなく、共同体のアイデンティティや宗教・権力の象徴であり、また技術と芸術の粋を示す行為でもあったのです。
しかし今、その人間固有と思われた営みに、機械が深く関与しようとしています。レンガを積む職人の手さばきや、棟梁が現場合わせで納める匠の技が、アルゴリズムによる最適解とロボットの正確無比な動作に置き換わっていく。
もちろん、まだ人間の匂いを感じる建築がすぐになくなるわけではありません。しかし長期的に見れば、建設現場から肉体労働者が姿を消し、設計室から製図板を囲む建築家が消え、かわりにコンピュータとロボットが黙々と働く光景が主流になるかもしれません。それは、人類が石を積んでシェルターを作り始めて以来続いてきた「人間が手を動かして空間を作る」という営みの終わりを意味します。
こうした状況に対し、悲観も楽観も様々な見方があります。一方では、「人間の仕事が奪われる」「味気ない機械仕掛けの環境になる」という懸念があり、他方では「人間は重労働から解放され、創造や企画に専念できる」「むしろ人間では成し得なかった大胆な構造やデザインが可能になる」という期待もあります。建設の終焉とは、決して建築物がなくなることではなく、その作られ方の人間性が希薄化することだと捉えられます。
そしてそれは同時に、建設の再定義の始まりでもあります。
すなわち、「構築する主体」が人間中心から機械・AI中心へと移行し、人間は空間生成の直接の担い手というよりはビジョンを提示する立場へと役割を変えていくのではないかということです。
AI時代の建設では、人間の役割はどうなるのか。この問いは建築家やエンジニアだけでなく、人間が創造活動全般にどう関わるかという普遍的な問いでもあります。建築分野の思想的リーダーであるニール・リーチは、「AIは驚異的に優れているがゆえに恐ろしい(If AI is terrifying, it is because it is astonishingly good.)」と述べ、建築コミュニティがその影響を過小評価すべきでないと警鐘を鳴らしています 。彼によれば、多くの建築家はMidjourney(AI画像生成)やChatGPT程度を見て「大したことはできない、自分の仕事は奪えない」と高を括っているが、それは誤りだと言います 。実際、リーチや一部の先見的な建築家は、AIが今後設計業や施工管理の在り方を根底から変え、ひいては建築家の役割自体を変容させるだろうと予測しています。
ニール・リーチ(https://en.wikipedia.org/wiki/Neil_Leach)
では人間の建築家・技術者は将来何をするのか。一つ考えられるのは、人間はビジョンや倫理観を示す役割に特化するというシナリオです。高度なAIは与えられた目的・制約の下で無数の解を生み出せますが、「何を目指すか」「何を良しとするか」という価値判断は人間が設定しなければなりません。例えば「この街区にはどんな雰囲気の空間がふさわしいのか」「人々にどんな体験を提供したいのか」といった本質的問いに答えるのは、人文的素養や人間理解をもつ建築家・プランナーの役割でしょう。彼らはAIに目標やルールを教え、AIが生み出した設計案を評価・選別し、人間社会にとって望ましい方向へ舵取りするキュレーターになるわけです。
もう一つのシナリオは、人間とAIがコラボレーションする創造です。現在でも生成デザインでは人間の定めたパラメータや評価関数が結果を左右しますが、将来的にはAIが人間の曖昧なアイデアや感性まで理解して補完し、対話的にデザインを進めるかもしれません。AIは無限の選択肢を提示し、人間はその中から美的・詩的価値の高いものを嗅ぎ分ける、といった人間の審美眼との協働です。これは芸術分野でも議論されている、人間とAIの共創(コクリエーション)の延長線上にあります。建築家はもはや一人で図面を描くのではなく、AIという才能あふれる助手と対話しながら作品を紡ぎ出す存在になるとも言えるでしょう。
その一方で、よりシビアな見通しとしては、従来型の建築家像そのものが不要になる可能性も論じられます。AIがプログラムを学習し続ければ、いずれ人間以上にコンテクストを読み取り創造的な提案ができるようになるかもしれません。実際、建設業界ではすでに設計ビルド一体型(デザインビルド)のプロジェクトが増え、建築家の権限が縮小しているという指摘があります 。そこにAIが加われば、発注者はAIプラットフォームに要件を投げるだけで完成まで自動発注でき、人間の建築家は不要…という極論もSFではなくなってきます。
このような未来像に対しては倫理的・社会的な検討が不可欠です。建築物は公共性が高く、人々の生活や安全に直結します。もしAIが自動で設計・施工する社会になれば、責任の所在や法制度の整備、セキュリティ(AIが暴走したらどうするのか)など解決すべき課題が山積します。また、AIが生み出す建築が人間にとって本当に心地よいのか、美的感動を与えるのかという疑問も残ります。現在我々が美しい・快適と感じる空間の多くは、人間の身体性や比例感覚に訴えるものです。
しかしAIが人間以上の知見で設計する空間は、我々の予想を超えて異質な形態やスケールになる可能性があります。それを人間が「良い」と感じる保証はなく、もしかするとまったく新しい美学が生まれるのかもしれません。
「建設の終焉」の先に広がるのは、ポスト人間中心の空間です。そこでは建築や都市は人間だけのものではなくなります。
AIやロボットといった非人間的主体もまた、空間の重要な“利用者”あるいは“住人”となるでしょう。
考えてみれば、すでにデータセンターやロボット工場といった建物は、人ではなく機械が主役です。人は保守点検に少数入るだけで、普段は無人で大量のサーバーやロボットアームが稼働しています。
そうした「機械のための建築」が今後ますます増えるかもしれません。自動運転車専用の道路や倉庫、ドローン用の管制塔、地下のロボットメンテナンス基地など、人間が立ち入らない前提の空間です。人間のサイズや快適性に制約されないため、よりコンパクトかつ効率的なレイアウトが可能になるでしょう。たとえば、人が通らない低層倉庫なら天井高を極端に抑えて高密度に棚を配置できますし、ロボットが通れる幅だけ確保した狭小トンネルで都市物流網を構築することもできます。都市の地下深くには人間が存在を意識しない無人インフラ網が張り巡らされ、地上の空間はむしろ人間の生活や憩いの場として取り戻される、という逆説的な未来像もあり得ます。
一方で、人間が過ごす空間そのものもAIによって変容するでしょう。全自動化された家は、家事ロボットが清掃・料理・洗濯をこなし、冷暖房や照明は住人の動きに合わせてAIが調節し、在庫が減れば食品を自動注文、3Dプリンタで食事や日用品を自給する…といった具合に、家そのものがひとつのロボットのように稼働するかもしれません。住人は意識せずとも家が快適性を最大化してくれる世界です。その延長で、家は住人の嗜好や健康状態まで学習し、「今日は少し気分が沈んでいるようだから照明を暖色にし、好物の香りをディフューザーから流そう」などと気遣う建築になる可能性すらあります。AIが家の「頭脳」として家族の一員のような存在感を持つ日が来るかもしれません。
都市規模では、AIが都市そのものをひとつの有機体のように最適制御するようになると、都市計画の概念も変わります。従来は人間の専門家が将来人口や交通需要を予測しゾーニングしていましたが、ポスト人間中心の都市では、AIがセンサーネットワークからリアルタイムに得るビッグデータを元に、逐次都市の機能配置を変えていくかもしれません。極端な例では、「この地区のオフィス需要が減ったからビルの用途を住宅に転換しよう。ロボットに命じて間取り変更と内装工事を明日から実施だ」とAI市長が判断する、といったことすら考えられます。建物が完成後も用途や内部構成を柔軟に変えられるよう、可変建築やモジュール建築が普及すれば、それを制御するのはAIの役目です。まさに都市や建築が生物さながらに進化していくイメージです。
このような未来像はサイエンスフィクションの世界のようですが、既にいくつかの要素は現実に存在しています。例えば可動式の壁や家具で部屋の機能を変える「トランスフォームブルな住宅」は商品化されていますし、ビルのフロアをロボットが自在に上下移動する“ロボット式摩天楼”の構想もあります。AIが全体を管理し、人間は求める機能を口頭でリクエストするだけ、というビルが登場しても不思議ではありません。そうなれば、建築というハードウェアとAIというソフトウェアが渾然一体となった「環境」が出現します。それはもはや建築というよりサービスであり、「場」が「こと」と化す瞬間です。
このように、ポスト人間中心の空間=無人の文明では、人間は物理空間に縛られずデジタル空間やサイバーフィジカルなサービスとして空間と関わるようになるでしょう。家や街は裏で自律動作する無数のAIエージェントによって維持され、人間は気付かぬうちに最適化された環境で生活する。それはユートピアでしょうか、それとも人間の主体性喪失というディストピアでしょうか。
決定的に重要なのは、人間がその未来をどうデザインするかです。AIとロボットは強力なツールであり、可能性そのものです。しかし最終的な価値判断を下すのは我々人間であり続けなければなりません。無人の文明とは人間不在の文明ではなく、人間が一歩引いた位置から orchestration(調整)する文明といえるかもしれません。そこでは建設という概念も、人が築く行為から、人が育て見守る行為へと再定義されるのではないでしょうか。冒頭で触れた孫正義氏の言葉を借りれば、「ASIとロボットの融合が人類の未来を切り拓く」 ためには、人類がその融合を望ましい形でガイドしていく必要があるのです。
「建設の再定義と無人の文明」というテーマは、決して建設業界だけの話ではなく、人類文明の方向性に関わる広大な問いでした。本稿では、現実の最新動向から未来のビジョンまで、技術・文化の両面から考察を試みました。
現実世界ではすでに、ソフトバンクによるABBロボティクス買収に象徴されるように、AIとロボットが社会インフラ化しつつあります。建設業も例外ではなく、AI・ロボットは現場の生産性革命を牽引し始めています。その延長線上に、かつて人類が汗と英知で築いた空間を、機械知性が築く時代が見えてきました。それは古き良き職人芸の終焉かもしれません。しかし同時に、人類が新たな創造のステージへ進む契機でもあります。
「無人の文明」と聞くと、人間の居場所がなくなるような響きがあります。けれども実際には、人間はその文明を形づくる調律者であり続けるでしょう。AIとロボットという強力なオーケストラを前に、人間は指揮者となるのか、あるいは観客に退くのか。それは我々の選択次第です。重要なのは、テクノロジーの暴走を恐れるあまり革新を拒絶するのではなく、人間の価値観を核に据えて技術を方向付けることです。
建設の再定義とは、人間と機械の新たな協働関係の定義でもあります。かつて産業革命は「人間の筋肉」を蒸気機械に置き換えました。今、AI革命は「人間の判断力・創造力」の一部を機械に委ねつつあります。しかし人間の存在意義が消えるわけでは決してありません。それどころか、人間にしかできないことが改めて浮き彫りになるはずです。それは意味を見出すことであり、物語を紡ぐことであり、倫理を貫くことです。たとえ物理的な建設行為が自動化されても、どんな空間にどんな意味を込めるかは人間にしかできません。神殿に祈りを捧げ、大聖堂に天への憧れを込め、公共空間に民主主義の理想を託す──機械は自らそうした動機を持ちません。それを与えるのは我々です。
最後にもう一度、現代のキーワードである「フィジカルAI」に触れて締めくくりたいと思います。ソフトバンク孫正義氏が提唱するフィジカルAIとは、AIを物理世界で活躍させるというビジョンでした 。それは裏を返せば、物理世界のデザインをAIに委ねるということでもあります。我々は今、その入口に立っています。扉の向こうには、AIたちが築いた街並みが広がっているかもしれません。その街をどのようなものにするかは、今を生きる我々の想像力と決断力にかかっています。
筆者プロフィール
白澤光純(しらさわ こうや)
株式会社コンクルー 代表取締役CEO
1992年生まれ。大学院で宇宙物理の研究に従事した後、日揮ホールディングスに入社。インドネシアやクウェートに、プラントの制御システムエンジニアとして駐在した後、複数のIT系の事業開発を担当。2023年、株式会社コンクルーを創業。